対極
言うなれば。軽く、わからないの。
こんな時、どうしたらいいのか、わからないんだけど俺……。
「後ろの浮気は容認できませんが、アナタも男だ。僕が、女相手のそれまで制限できる権利があるとは思いませんよ」
唐突に思いもよらないことを言われて、俺は繋がる準備をしていた体の動きを止めた。
これは、もしかして寛容さを示しているつもりなのテンゾウ。
なのに突き放された気分なんだけど。
その深刻な眉間の皺。俺が何かしたの。
何かいけなかったの。
「俺、浮気はしない主義なんだけど」
「知ってます」
「まだ、そんなこともそんな気持ちにもなったことないんだけど」
「わかってます」
じゃあ。どうして。
頭の中でぐちゃぐちゃと、自分が今どんな表情をしているのだとか、俺にそんな欲求が芽生えたときにはお前がどんな手を使っても阻止すればいいじゃないかとか、その方法とか、報復の手段とか結果とか、関係の、終わり、とか。刃傷沙汰とか。気持ちが足りないんじゃないかとか。そんなことになるぐらいだったら俺にお前を抱かせればいいじゃないか、とか。何だったら女体にして滅茶苦茶にしてやるよ覚悟足りないんじゃないの、とか。お前、まさかこの俺を怒らせてただで済むなんて思っちゃいないよな、とか。
「おぼえておいてくださいね」
にこり、と微笑んだはずのテンゾウの目が笑っていなくて、俺は一瞬呼吸を忘れた。
「テンゾウ」
重なる唇は、優しいはずなのにどこかよそよそしくて。
凶暴に啼かされて、心を置き去りにして、一方的に侵入されて、「離しませんから」、涙が出て、お前、馬鹿なんじゃないかと。もっと言い方が他にあるだろ。ホント、お前馬鹿だ。この俺の恋人失格だよ。
この世の終わりみたいに緊張していた気持ちが急に楽になって、呆れて、笑った。
* * * *
乙女性と、男らしい凶暴さの同居。テンゾウは無粋なリアリスト。
* * * * *
ハロウィン
「ねぇテンゾ」
「はい」
「お菓子をあげなかったらいたずらする?」
「はい?」
「俺、今、なーんにも持ってないの」
「はぁ…」
「だから、いたずらするでしょ」
「ええ!?」
「ね。いたずらして?」
なんて、混乱しているうちににじり寄られて。
むしろいたずらされたのは僕の方でした…。
きまぐれでも本気でも、カカシ先輩からは逃れられないと悟った最初の夜。
* * * * *
忘却
「もし、忘れなかったら、僕のものになってくれますか」
深い、静かな奴の視線に、実はその時俺は怯んだ。
黙って写輪眼を廻して、この任務で起こった想定外のことだけを、偽りの強烈な戦闘の記憶に塗り替えてしまう。
めまいを起こしたらしきテンゾウが、俺の肩をつかんで、完全に意識を失う前にその唇が微かに俺の名前の形に動いたのを見た。
……お前、幻術の耐性にどれほど自信あるのよ。
そうだ。
ありえないことだとわかっていた。
意志の力で術を覆すことができると信じた男は、今、俺とは別の人間を傍に置こうとしている。
賭けは、お前の負け。
テンゾウとくノ一の後姿を見送って、俺は意味もなく両目を開け、夕焼けに染まっていく里をぼんやりと眺めた。
緩やかに。断片的に。忘れられない記憶が不鮮明に脳裏で揺らいだ。
* * * * *
足音
パニックになったらいいのに。
視界に、先輩の唇が動いているのだけが見えた。
そして声だけが聞こえて、理解は常に一瞬後だった。
随分と長い先輩の告白は、僕の心を通過して。僕は、多分無表情のままに、全ての道を考えた。
素直に泣くのには、咄嗟に凍結してしまった感情が足りない。
そういえば酷く蒼ざめている先輩の頬に、触れてもいいんだろうか。
慰めを与える僕の指は、機械的な動きに支配されていた。
忍びとして生きてきた楔が、こんな時にも穿たれる。
これは見えないところから作用している報いか。
取り乱したらきっとかわいげがあるのに。
泣いて叫べたら、きっとまともに悲しめるのに。
* * * * *
無題
「隠れているものって、なんだか無性に暴きたくなる気持ちになりませんか」
無残な血痕を涼やかな目元で一瞥し、『木遁のテンゾウ』はそう嘯いた。
土遁使い相手に下手を打った屍が、ひとつ、ふたつ、みっつ。
「例えば、先輩の」
すっと動く指は、土にも血にも濡れずにきれいなままだ。
銀髪の下の俺の耳朶にほんの数瞬だけそっと触れ、テンゾウの唇が微笑んだ。
言葉のない、闇の中に沈黙する忍びがふたり。
俺は「生意気言うんじゃないよ」と、いずれは身の内を暴かれることになる男に背を向けて。
そうして持ち替えた刃で、向こう側に潜む気配をふたつに裂いた。
* * * *
*別バージョン*
何の前触れもなく耳朶に触れられ、心臓がはねた。
「な、なに」
言うなれば最近よくツーマンセルを組んでいるこの後輩には油断していたのか。自然な動きでたやすく俺の懐に入ってきた男から距離をとり、俺らしくもなく、動揺する。
「ああ」と、俺の反応を見て逆に目を丸くした男、テンゾウは、すぐに真顔に返って伸ばしていた手を下ろした。
隠れていた耳に、突然触れたくなった。その時そう弁明した彼は、「ちょっと待て。どうしてそんなところ触りたがるの」と抵抗する俺にまた似たようなことを言った。
「恋人同士なんだから、いいじゃないですか」とも。
そして声を噛み締める俺にさらに囁く。
「隠さないで」
* * * * *
流血沙汰
俺が本当に欲しているのはお前だけなのに。
足りない分を補うという行為は、所詮は誤魔化しだから、いくら代わりを見つけたところで枯渇した心の源は埋まらない。埋められない。
「淫乱」と俺を貶める言葉をつぶやいたヤツの声には、もう温度のある感情はこもっていない。
「じゃあ、俺が何ヶ月ヤらずにいたら抱いてくれんの」
たまに「僕を振り回して楽しいですか」と恫喝していた唇は、最近では引き結ばれたまま言葉を発しない。
お前が少し譲歩してくれたら、俺は穢れずにすんでるのに。
思い通りにならないお前に抱いている感情は、今はもう、復讐に近い。
* * * * *
二方通行
「好意」って永続的じゃないデショ。
ほら、対応を間違えると簡単に敵意に変わるし、対価的(ケチ臭いな)っていうか、何てゆうか。
だから俺、なるべく優しい表情とかさ。冷たすぎないように。周りの見えなかった餓鬼の頃とは違うし。
でもさ。
テンゾウってさ。
何か、難しいの。
お前はいつまで俺を好きでいてくれる?
* * * *
どこの乙女だ…。
取りようによっては後輩を激しく振りまわす厄介で扱いづらい性格の先輩。
* * * * *
らぶはんどる
「ねぇ。テンゾウ。俺の言うこと何でも聞いてくれる?」
「先輩。なるべく普段からヤマトって呼んでくださいよ…。で、終わるや否や情緒もなく今度は何ですか」
「ラブハンドルつくってよ」
「は?」
「ラブハンドル」
「え、っと、ラブハンドルって何でしょうか。木遁で作れるものですか」
「…なにお前、わざとすっとぼけてんの? 腰に肉つけてくれって言ってんだよ。アレの最中にこう、つかめるように」
「(げ。何その単語。イチャパラの知識か…)む、無理ですよ。太れない体質なんですから。僕がそれ気にしていること知っているでしょう」
「そんなお前に女の体勢とらされている俺はもっと気になってるよ」
「(えー…)あ、なら先輩が上になった時に僕がつかむのはどうでしょうか。そういえば最近先輩腰周りが以前よりふくよかに…」
「だから! うおおお!? そこをつかむんじゃないよヤマト!」