SSS7




青天

あれは任務だった。

遺体もなく消えた下忍や、過酷な任務を耐え抜き帰還途中にあったはずの暗部。

狡猾かつ慎重に繰り返される「失踪」は徐々に強引な手口に変わっていき、木ノ葉の上層部は音もなく対応した。

特殊な発信器具を腹の内に飲み込んだ9人の囮のうち、実際に攫われたのは僕ともう一人の下忍の少女だったという。

建物の規模。人の気配。漂う臭い。

僕は詳細にそして克明に記憶した。

攫われてから少々日にちが経ちすぎていることに一抹の不安を覚えながら、僕は任務を遂行した。

その情報が役に立つ日が来るかどうかわからない中、僕は見続け、自分に施される全てのことを記憶に刻み続けた。

記憶し、分析し、考えることだけが、生きている証のように思えたあの苦痛。


あの日僕が死んでいたとしても、今日の空はこんなにも晴れ渡っているんだと思った。




* * * * *



無題

悪意ある他人に命を握られていたのは、もう過去の話。

激動する己の運命に上手く適応する間もなく、足りない穴に無造作に埋められていく歯車のひとつになって。

被害者意識の殻に籠っていた僕は、そこから引きずり出された途端に今度は加害者になった。

でも、努力が目に見える形に表れるのは楽しい。

何かから逃げるように僕は修行に励み、殺し、自分の生を確認する儀式のように、相手を執拗に引き裂いた。

殺される前に殺す。

それ以外の高尚な思想なんて、欠片も思い浮かばなかった。

一途に生と死をかき分ける僕に、他人は好んで近づいてこなかった。

賢しらでお節介な忠告は右から左に。

若さゆえ、恐れ知らずにも目上に対するあからさまな威嚇行動さえ辞さなかった僕は、とうとう「生意気!」と罵られ、カカシ先輩にフルボッコにされた。

「お前ね! しけた面して仲間の士気下げてるんじゃないよ! お前みたいに自暴自棄なヤツは俺の隊にはいらん!」

遠くなっていく意識の中、感情的になって僕を足蹴にするカカシ先輩の声は甲高くて、一瞬僕は、この人の性別を今まで間違えていたのかと妙な錯覚さえ起こした。

だって。言い方が、どこかヒステリーを起こした女みたいだ。

「…何笑ってる。お前は当分使わないから、治療はしないぞ」

げし、と最後の蹴りを食らって僕の意識はブラックアウトしたが、何故だか気分は悪くなかった。

翌日から心を入れ替えたフリをしている僕を、カカシ先輩は胡乱げな目で見ていたが、そのうち「ま、お前にもいろいろあるんでしょ」と肩を叩いて、その後、手のかからなくなった僕には無関心になった。

何故だか取り残された気持ちになった僕は、その時から、先輩の背中を見つめるようになった。

先輩の話す言葉。とる行動。考えていること。

理解することと、共感することとはまた別だったけど、僕は先輩をいつも見つめていた。

いつしか、使える後輩から頼れる後輩に昇格して、さらに背中を預けて眠れる後輩にまでなったけれど。

先輩は、僕が先輩の模範解答を忠実に演じていることを、多分わかっている。

だから、なのだろうか。

この人に一人の対等な人間として認識してもらえている気がしない。

先輩は、いつでも僕に対して先輩の顔をしている。

それに気づいた時、僕は荒れた。今さら荒れたところで「最近どうしたのお前」ぐらいの言葉しかかけられないことはわかっていたけれど、十代も後半になって、情けないことこの上ないことに反抗期に入った。

言い訳をさせてもらえるのなら、意識してそうしようとしたわけじゃない。

何故か急に、先輩に素直に対応することが出来なくなった。

そんな僕を叱るでもなく、少し困った顔を見せていた先輩は、ある日突然核心をついてきた。

「あのねえ。俺、お前に何かした? 何が気に入らないの」

「え」

思いがけず近くにある窺う瞳に緊張してしまって、僕はしどろもどろになった。

うつむいたのは、無言の回答拒否だ。

放っておいてくれたらいいのに、先輩は追求をやめなかった。

「なぁ」

「……」

「何で黙ってるの」

「……」

「なぁってば。テンゾウ。ん?」

先輩の声に幼児をあやす様な響きが入った。

これは。なんていうか……。わけもなくめちゃくちゃに、恥ずかしい。そして情けない。

ふいに先輩の手が動いて、驚いた僕は反射的に身を引いたけど、それを見越して近づいてきた先輩に頭をぐしゃぐしゃ撫でられた。

「そういうの、やめてください」

やっとのどから硬い声が出た。

「何で。いいじゃないの」

「困ります」

「何で困るの」

「とにかく、困ります……」

じっと見つめてくる視線に耐えられず、まだ僕の頭に触れ続けている先輩の手を振り払った。

先輩は怒るどころか、くっくっ、と笑って、

「俺は、お前のこと、好きだよ」

とさらりと言った。

後から考えたら、そんなの仲間に対する先輩の何気ない一言だったのに。

心臓が止まるかと思った。

でも。

ちゅ、という音が聞こえたのは、幻聴だろうか。

呆然としているうちに先輩の顔が離れ、くすくすという笑い声とともに、先輩はいつの間にか下ろされていた口布を引き上げていた。

「さて」

狗を象った面も装着された。

「そろそろ動きがある頃かな」

「え?」

「任務の話だよ」

「……はい」

すごぶる機嫌のよさそうな先輩の後に続いて、僕も面を被った。

未だ動揺から立ち直れていない僕は、自分でも理由のわからない、切ないため息をついた。

* * * *

『者の書』でわかったように、実験体当時すでにテンゾウが中忍だったと考えるとこの話はちょっと有り得ないなぁ…。




* * * * *



まだまだ

暗部時代に人に言えない所までお世話した後輩は、『大きくなったから恩返し』といわんばかりのねちっこさで俺の体をもてあそぶ。

「う、うあっ!? そんなところまでするのか!」

「するんです」

くそっ。まだ足りないか。

心身ともに余裕のなかった暗部時代ならいざ知らず、上忍師になってからの俺は若干所帯じみた。ぱたぱた団扇で扇ぎながらのんびり庭で秋刀魚焼いてたりして、上手く焼けた方に大根おろしのせて「ヤマト。食うか」なんて言ってたらいい雰囲気になって露に濡れた草木の上などではなくベットの上で揺さぶられてたりする。

突発的で所構わずだった昔に比べ、痛い思いをしなくてもいいのはありがたいが、時間のある分、準備と行為に妙〜に神経がいって仕方がない。

「おい。そんなことまでする気か!」

「したいんです」

そこはしっかり洗ってないぞ!

「やめ、やめろっ」

じたばた暴れても若さと現在の任務量…つまり体力面で完全に負けている俺は、

「おとなしくしていてください」

と後輩に脅され、ねっとりじっくり好きなようにされてしまう。

数時間後。

ぱたっ、と屍のようになって寝台と一体化した俺を眺めて、ヤマトが笑う。

「いくつになっても…。いえ、昔よりずっとかわいくなりましたよ。先輩」

「お前はまだ若いのにえろ親父になったね……」

ふふっ、と微笑したヤマトはすぐに暗部装束に着替えて窓に手をかけた。

「ごめんね。先輩。今度はちゃんと話をする時間も」

「馬鹿だね。変なこと気にしてないで早く行きな」

「……」

困り顔になったヤマトを見て、せつなくなったのは実は俺の方だ。

そうだよ。心身ともに余裕が出来ると、いらないことばかり考えて参る。

「行って来い。俺はここにいるから」

「はい」

にっこり笑顔になったヤマトは、年齢と顔に似合わぬ仕草で俺に手を振って窓から消えた。

やれやれ。

あれがかわいく見える俺もかなりの重症かねぇ。

ごきごきと首の筋肉をほぐし、足りない睡眠を補うために少し寝ようかと、俺はあくびをした。

* * * *

カカシは採れる時期によって味が全然違うと思うんです。

少年期→ツンデレ

暗部時代→潔癖女王

上忍師→おっさん




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