首輪事件
「くくく。テンゾウ。ニンジャなんだから、せめて表の裏ぐらいは読め、よ」
「……!!!」
帰宅するなり(ここはボクの家だ)押し倒されて、『今日はケツの襲い受けの日か…』なんてのん気に構えていた僕は、背後から首に回ってきた第三の腕に驚きすぎるほど驚いていた。
「ひ…っ!」
油断しすぎていた、ということもあるが…のどから忍びにあるまじき恐怖に満ちた声が漏れる。
ぐぐ、っと太いひも状のものが僕の首に食い込み、とっさにそれを引きちぎろうと二人のカカシ先輩の腕を振りほどいた。
だが。
「あまーいね」
「させると思うの」
「……っ、くうっ…!」
男三人がもつれあって倒れて、ドターンとものすごい音が響く。
二人がかりで床に押さえつけられ、僕はあまりの出来事に呆然としていた。
「あはははっ。すごい顔してるよテンゾウ」
「ホーント、目がまんまる」
にやぁ…と目を細めて、先輩は僕につけた首輪のしまり具合を確かめ調節していく。
驚きと混乱で硬直している僕の頬を撫でつけて、恐らく本体の方であろうカカシ先輩が首輪から伸びた紐を引っ張った。
「……くっ!」
それほど強くないとはいえ、当然のことながら衝撃が首に伝わる。
サドの顔した先輩二人が、僕を見下ろしてくすくす笑った。
「『奴隷ごっこ』と『飼い猫ごっこ』、どっちがいい」
「それぐらいは選ばせてやるよ」
「……」
そ、その前に。
僕は言いたい言葉を何とか飲み込んだ。
驚きのあまりちびりそうになったからトイレに行かせてください、なんて言えば、もれなくここで失禁プレイ発動の予感だ。
首輪はさすがにカカシ先輩が僕用に選んだものだけあって、属性は雷、チャクラを吸い取る類のいやらしい設計のものらしい。
どうする。
どうする僕。
「悪いけど、本気でやらせてもらうよ」
なんて言っても、この状況じゃ負け惜しみにしかならないどころか、むしろピンチを招きそうだ。
どうする、僕!?
な、なんだかこのままじゃ掘られそうだ。
* * * * *
歯ブラシの罠
「せっ、先輩……!」
「んー?」
呑気に振り返った先輩の口には僕の緑色の歯ブラシが咥えられていて、戸棚の奥から引っ張り出してきた来客用の使い捨て歯ブラシを手に、僕は凍りついた。
罠が! こんなところに罠が隠れていたなんて!
任務の打ち合わせをして、ご飯を食べて、何故だか自然にくっついてきた先輩が僕の部屋でくつろいで、最後には「泊まってくよ?」なんて軽く言われた日には、個人的に長くなりそうな夜に対してかなりの覚悟をしていたつもりだ。
布団は別々に。不自然でない程度に離して、先輩を意識しないようにして寝なきゃ。寝るんだ。大丈夫だ。任務で同じ部屋どころか寒さに震えて温めあって眠ったこともあるじゃないか。大丈夫。大丈夫。大丈夫…と自分に暗示をかけていたところでこの光景。
シャカシャカと歯を磨いている先輩の様子から、目が離せない。
歯磨き粉を同じチューブからとるのさえ緊張しそうだった僕の目の前で、先輩は平然と僕の歯ブラシで歯を磨いている。
え……?
あれ?
どういうことですか。先輩。
普通、いくら仲間だからって、歯ブラシの共有まではしませんよね。い、いや、世の中の恋人同士だって、まさか歯ブラシの共有までは…って、するのか? 僕が知らないだけで、す、するのか…? 恋人同士なら。体の関係があれば? え? え? まさか、先輩…。それは先輩…オッケーってことですか?
一気に心拍数が上がった僕の目の前で、先輩は口をすすぎだした。
まだ先輩の手に握られている僕の歯ブラシ。あの後に…、僕が使うのか!? えっ? えええ! い、いいのだろうか。先輩の唾液がついた僕の歯ブラシ…変態ぽくないように、自然に咥えられるだろうか。いやいや、待て待て、いくらなんでもそれは先輩も嫌がるかもしれないし。っていうか、嫌がられたら僕、立ち直れな…ぃ…。こ、ここはあの歯ブラシは使わずに、この来客用のでやり過ごした方がいいんじゃないだろうか。…でも、もし、もし、万が一先輩が僕に好意を抱いていたとしたら、『テンゾウ、俺の使った後じゃイヤなんだ…』って思われたりしたら…!?
思い悩む僕を余所に、先輩は「ぷはー」と顔まで洗って壁にかかっていた僕の使用済みタオルで拭いた。そして、僕の手に握られていた使い捨て歯ブラシを見るなり小首を傾げた。
「あ。折角用意してくれてたのに、テンゾウので磨いちゃった。ごめーんね?」
謝罪のポイントが僕の感覚とは少しズレているということについて深く考えるのはやめよう。
僕の想い人がただの『天然』なのか、それとも『OKのサイン』を出しているのか悶々と悩みつつ、僕は「はい」と当然のように手渡された僕の歯ブラシで歯を磨いた。
ただ歯を磨くだけのことに、ありえないほどドキドキした。
……重症だ。
※ネタ元は『五色雲』の松本様です
* * * * *
やさしい後輩
「テンゾウ。俺、また破談になっちゃった」
その言い方だとまるで破談の常習者のように聞こえるが、ほんの少し元気のないカカシ先輩が同じ理由で僕を酒に誘ったのはこれで二度目だ。
あの伝説の白い牙の息子であり、さらにうちは一族でもないのに写輪眼を持っているという特殊な事情に加え、自身も暗部に身を置くカカシ先輩。そんな先輩と『釣り合い』のとれた家柄の娘と見合いして、お互いそれなり以上の好印象を持ち、いざ結婚してもいいかと思うたびに問題は起こるという。
「どんなに反対されても愛を貫くなんて、まるでイチャパラみたいで素敵だよねえ。だから『本当に好きな人と一緒になりな』って背中押してやるんだけど、やっぱり俺も寂しくなるのよ。ねぇ、テンゾウ、これって失恋?」
「……その、破談になった彼女を想って胸が痛くなったりするわけですか?」
「んー。そういうわけじゃ、ないんだけど……」
胸も痛まないくせに失恋をしたと言い張るカカシ先輩は「ふぅ」といっぱしにため息をついた。
本当に『胸が痛い』というのはこういう感情を言うんです、と。
せつない感情を抑え込んで、僕は元気のない先輩を慰める。
「僕が、いるじゃないですか」
「……うん」
「そんなわけのわからない失恋もどきで、落ち込まないでください。たとえ先輩が結婚しても、子供ができても、僕は先輩の味方です。それはずっと、変わらないです」
万感の思いを込めた本音に、先輩は「うん」とは言わなかった。
暫く黙り込んでいた後に、「それって、まるで……」とつぶやいて、また呆然としている。
「先輩?」
「う、ううううん。うん。なになに?」
「……僕の話聞いてました?」
「聞いている聞いてる」
笑顔のこわばった先輩は、それからたまに僕の前で考え込むようになった。
僕は衝動に支配されないまま、優しい後輩を装っている。
そんなこともあってから、僕達の距離は、以前と同じか、むしろ少し遠い。
* * * * *
どっちがS
「テンゾのせいでお腹の中がたぽんたぽんになったー」と笑って僕の羞恥心を煽る先輩は、「掻き出しましょう」と伸ばした僕の手からやんわりと逃れて愛しげにお腹をさすった。
「んふふ〜。テンゾウの子供って、きっと猫みたいでかわいいと思うんだー…」
ふぁう、と欠伸をして、すぅと目を閉じた先輩の息が、ほんの短い間の後にすぐ寝息に変わった。
「先輩…」
そっと腕をとって寝台に横たえた先輩の身体の奥から、どろりと僕の吐き出したものが流れ出てくる。
「…う」
いたたまれない気持ちで見る、いたたまれない光景。
生物学的には全くの無駄撃ちになった僕のものを目の端に捕らえながら、銀色の髪を撫でつけ訊ねる。
「…先輩。もしかして、子供が…欲しいんだ…」
せつなくなってぎゅっと先輩の髪を握り締めたら、寝ていたと思っていた先輩がかっと目を見開いた。
「はぁ? どんだけドSなのお前って。俺に産めるわけないじゃないこの人でなしが。次からナカ出しは一切許さないからねっ」
「え、えええっ!?」
そんな! ちょっと待ってください! と反駁しようにも先輩はまた寝息を立てていて。
「ね、寝言…?」
さっきの発言を覚えているのかいないのか、明日の朝が恐くて、びくびくしながら僕も眠りについた。
僕は先輩さえいれば、子供は…いらない…かな…(先輩だけで手一杯です…)。