SSS3




無題

鳥につつかれ、獣に喰われ。

今や敵味方の判別どころか人としての形状すら保っていないそれらの持ち主達は、例えその場を生き延びていたとしても、今やこの世の者ではなくなっているだろう。

肉片を集め、手厚く葬り。手を合わせて死者を悼みながらも、その中に己の恋人がいないことを願う。

一縷の望みという言葉が、これほど心身に重く圧し掛かってきたことはない。

テンゾウの消息が途絶えた街で、俺は黒猫を拾った。

汚く、反抗的で、そして瞳の大きい猫を。


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「ねえ、お前。本当はテンゾウなんでしょ…」

無理やり懐に入れて宿に連れてきた黒猫は、俺の問いかけにふうぅという低い唸り声で答えた。

碌な餌にありつけていないのか、痩せて体も毛羽立っている。

俺は両の掌の中に拘束したその細い体に自分の額を押し付け、懇願した。

「お願い。テンゾウだって言って。生きていると言って」

猫は暴れた。

俺は己の両目が潤むのを自覚した。

「嘘つき」

声が情けないほど震えている。

物言わぬ猫を押さえつけながら、俺はまた力なくうめいた。

「嘘つき……」




* * * * *



決行の日

聞きたくないことを聞いた。

自分に関する噂なんかより、それはもう、遥かに。

そもそもが、そういう下世話な噂話は、本人を避けて回りに回ったりするもんだ。


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――テンゾウが花街で女を買った。


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あいつ、実は筆おろしだったんじゃないのか、と。

お前らにもそんな初々しい時期はあったんだろうに、わずかに笑いを含んだ声でささやき合う男たちの傍らで。

俺は。

いつものつまらなそうな表情のまま。

チャクラ切れを起こした時のような息苦しさを感じていた。

血臭混じりの、湿気を含んだ砦の空気が肌に不快だ。

じりり、と俺の足袋に踏まれている砂利が嫌な音を立てる。

「カカシ先輩」

敵陣の偵察から戻ってきたテンゾウの報告を聞いて、俺は頷いた。

「よし。遠距離感知組だけ持ち場で待機。他は体力温存。ゆっくり休んでろ。テンゾウは……」

別に何の意図もなく言葉を切ったら、暗い色合いの瞳と視線が合う。

「テンゾウも、しばらく休んでいいよ」

馬鹿なヤツ。

郭に出入りするなんてところを、見られるようなヘマしやがって。

「……?」

戸惑ったようなテンゾウの表情から、俺は自分が存外鋭い目つきでヤツを凝視していたことを知った。

だが、あれだな。この感情はあれだ。

『先輩。先輩』って、あんなに思わせぶりな態度をとっておいて。

許せない、というのは、少し違うが。

喉の奥からせりあがってくる嗤いをかみ殺す。

時間と場所と、瞬時に計算した結果、答えは出た。

「お前、まだ男は未経験でしょ。ケツ穴の味をたーっぷり教えてあげるから。こっち来なテンゾウ」

直接的であけすけな言葉の方が、むしろ感情にシンプルでいいね。

俺の思惑なんて、ひとつでいいよ。

女には絶対負けない。




* * * * *



ヒロワナイデクダサイ

思い出すだに、独り言の多いオカマだった。

『見目はいいのにねぇ。もったいないわぁ。オッド・アイにしようとして赤い目を移植した方の目蓋には傷がついちゃったし、しかも閉じちゃって滅多に開こうとしないのよこの仔は。愛玩動物のクセに媚びうることもできないし、それに何より面構えがねぇ、カカシ君』

尻尾を握られて、俺はふぎゃあ!と牙をむいた。「ホントに生意気ねぇこの仔はあ」とさらに痛い目に遭わされただけで、もちろん敵いはしなかったが。

売りに出されるには少々トウが立ち過ぎていて、もう少し経ったら廃棄処分か種猫か、という運命の転換期を迎える頃、俺は鎖を引きちぎってペットショップから脱走した。

逃げるついでになんとなく、クローン猫のテンゾウも連れてそこを出た。

蛇オカマめ。何やら特殊な遺伝子を埋め込む実験にのめり込んでこいつには相当目をかけていたから、逃げられたと知れば悔しがるに違いない。

ほくそ笑む俺とは対照的に、無理矢理俺に連れ出されたテンゾウの表情は暗かった。

もとより脱出にしり込みしていたテンゾウは、建物から出た途端日の光に驚いて余計にびくびくしている。

俺はテンゾウの首輪から伸びている鎖を引っ張った。

「これからは野良として逞しく生きていくよ、テンゾウ」

「……はい」

声が小さい。声が。

もともとこいつは人生をどこか諦めたような辛気臭い顔してるんだーよね。連れの人選間違えたか? と思いながら、とぼとぼ後をついてくるテンゾウを振り返る。

「テンゾウ」

「な、なんですか」

「ちょっとあの魚屋から秋刀魚盗んできなさいよ」

「えっ!?」

テンゾウは脱走したばかりなのに、早速ですか…? と上目遣いで見てきたけど、俺は顎でしゃくって早くと促した。

えいやっ!と必死の突撃隊になったテンゾウは、なかなかに見所のある雄だった。まだまだ慣れない任務のためか、ちょっとへっぴり腰ではあったが。

野良猫界の帝王になるのもいいかと思う反面、俺に惚れた雄に大事にされかしずかれ貢がれる生活を夢見ている俺としては、「なかなかやるじゃない」と遠慮なくあがりを頂戴した。

テンゾウはほとんど骨だけになった俺のお残しをぺろぺろなめていて、やっぱりそれでは足りなかったらしい。

腹をさすって屋根の上で横になっている俺の隣でしばらくうつむいていたが、再び餓えた決死の突撃隊になって魚屋に飛び込んで行って捕まっていた。

どうせならそこで飼われろ、と見捨ててもよかったが、人間の罵声に脅え丸まってぶるぶる震えている様子を見てしまったら、なんか、ねぇ?

颯爽と助け出してやったら何やら尊敬の念いっぱいに感謝されたが、腹は減ったままのようだった。やれやれ。

こういうのも、縁っていうのかねぇ。ガラじゃないんだけど。

「これ食べて、元気だしな」

救出ついでにくすねてきた鯛を食べさせてやる。

「すごいです。先輩!」

ふん。バカめ。俺は自分に出来ないことを他人にやらせるほど無能ではない。鍛えてやっているのだ。

脱出してから初めてにぱっと笑ったテンゾウを思いがけず「かわいいかも」なんて感じながら、俺はあくびを噛み殺した。

さて、明日からはこいつをどうこき使おうか。




* * * * *



無題

ひとつの装備も外さずに、感情よりも快楽に素直な液を媒介として、貪りあう。

初めて見たときから、実はその瞳が気に入っていた。

子供の癖に、経験の無いことまでつまらなそうに受け入れてこなし、納得した腹の底で己の立場を冷笑しているような、生意気さと。痛々しさと。

本当は抱かれるより、抱く側がよかっただなんてことを知ったら、この後輩は驚くだろうか。

軽い気持ちで関係したのに。

毎日抱かれる。おかしなことを口走るまで。しつこく。

「慣れましたか」

何に。

『僕』に?

それとも、受け入れることに? 貫かれることに?

俺は、その時ヤツの顔を見てしまったことを後悔した。

「じゃあ、先輩……。愛されることにも、慣れてよ」




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