SSS14




悪戯の権利

こんなことを言うのは恐れ多いが、カカシ先輩は任務以外では抜けてる…というか、クールなくせに若干天然だ。

しかも暗部の面を外しても、さらにその下に常時マスクをしているので表情がよくわからない…というか、正確に言うと、読めない。

僕が一生懸命話しかけても、任務以外のプライベートなことだと返事が返ってこないことがある。

そんな時は大抵ちょっとうつむいてるから、何だか先輩が弱っているようにも見えて妙にドキドキしてしまうんだけど、その内に自然な態度で「じゃあね」なんてさらりと、かつあっけなく別れを告げられたりするから彼のことがよくつかめない。僕の相手をするのが退屈で実は半分寝ていたのかもしれない、などと考えるのはちょっと直視するのに辛すぎる現実だけれど。

強くて優しいけど少し近寄りがたい雰囲気を持っている先輩は、暗部の中でも密かに憧れられていて、何かのきっかけで先輩と親しく話したいと狙っている奴らも少なくない。そう、非常に気がかりなことに、先輩はとてももてるのだ。男に……。でも、もしそんなことを本人が知ったらどういう反応をするのか、ちょっと想像がつかないけれど、案外「ふぅん」と眠そうな目でなおざりに相づちを打ちながら本気にしないような気がする。

だからそんな先輩が心配で、僕はこの日先輩を探して捕まえた。

ソファで仮眠を取っている別班の隊員以外いなかった暗部待機室で、先輩は例の十八禁書を片手にくつろいでいた。

「先輩。トリック・オア・トリート!」

「!!!」

案の定びっくりして固まっている先輩に、先手を打っておいてよかったと思わず笑みがこぼれてしまう。

今日はお菓子を持ってないと悪戯されちゃう日で、そんな風に無防備にしてたら、付け込まれちゃうかもしれないんですよ!とは心の中だけで思っておく。

「準備なんてしてないでしょう、先輩。はい。僕がお菓子をあげますね」

お祭りのためのカラフルな飴は食べるには勿体無いほどキラキラしていて、先輩を想って買う時に僕もちょっと童心に戻ってわくわくした。

これで不埒な輩から身を守ってくださいね。と念を込めながら、先輩の手を取っていくつか飴を渡す。

先輩はいつものように目を伏せてちょっとうつむいてから、「ありがと……」と小さな声で言った。

反応の薄い先輩のことだから何を考えているのかやっぱりわからなかったけど、嫌がられてはいないんじゃないかなと希望的観測で思ってみる。

そして先輩がごそごそと僕のあげた飴をポーチにしまった時、火影室から出てきたらしき数人が待機室に入ってきた。

もうちょっと先輩の顔を見ていたかったのに、僕は何となく先輩から身を引いて離れた。

「おー、カカシー。トリック・オア・トリート」

待機室には少々場違いに元気な声だ。陽気な性格のその男は、「持ってないなら悪戯決定〜」と決め付けながら、先輩の腰に手を回そうとした。

「何言ってんの」

さっと身を翻して先輩は避けたけれど、任務後の高揚も手伝ってか、相手もしつこかった。

いくら先輩の意に染まない流れだったとはいえ、所謂は人目もある待機所でのじゃれあいだ。この手の冗談を嫌っている節があるとはいえ、先輩も大人気なく本気では抵抗できない。

見ている周りの人間も「いい加減にしろよー」なんて口だけで軽く諌めながら、仕方なさそうに笑っている。

でも徐々に追い込まれて、先輩がどさりとソファに押し倒された時、さすがに見てられなくなった。

先輩は無言でじとっと男を睨んでいる。

僕は二人に歩み寄って、先輩のポーチに手を突っ込んだ。

「先輩だってお菓子持ってますよね、ほら」

「あっ」

声を上げたのは先輩だった。その声が驚きと、そして微かに非難の響きを含んでいるように感じたのは気のせいか。

「なーんだよ持ってんじゃん。つまんねえの」

やり過ぎた自覚があったのか、男はバツが悪そうに僕から飴を受け取った。

先輩の上から退き、びりっと袋を破って飴を頬張る。

「ん、これ意外とうまいじゃん。まぁ、今日のところはこれで許してやろう」

どこかの悪役のようなセリフを吐いて、男は床の上に無造作に袋を捨て仲間と待機室を出て行った。やれやれ。

それにしても、解せないのは先輩の態度だ。

ソファから身を起こして、一番大きな飴を取られてへこんでしまったポーチをぼんやりと眺めている。

「まさか、あいつに悪戯された方が嬉しかったですか先輩」

「ま、まさかっ」

慌てて立ち上がるその様子は、図星を刺されて動揺しているのか、まったく、いつもの先輩らしくない。

真偽を確かめるためにじっと見ていると、先輩はすごく居心地悪そうに視線を逸らして、ぼそぼそと言い訳を始めた。

「だって、せっかくお前がくれたのに……」

「そんなのあげちゃえばいいんですよ」

語気が強かったのか、先輩はびっくりして黙ってしまうし、向こうのソファで寝ていた誰かがうるさいと言わんばかりの抗議の身じろぎをした。

「……何で大声出すのよ」

「すみません」

謝ったものの、何だかすっきりとしない。

「とにかく、理由つけて襲われる前に渡してくださいよ、それ」

先輩はすぐに返事をしなかった。

「先輩」と促したらやっと「はいはい」と気のない返事をしてたけど、いろいろとわかっているのかいないのか。

何だか危なっかしくって、放っておけない人だ。

僕は残りの飴も全部先輩の手に握らせながら、本人が知ったら冷たく一蹴されそうなことを、ちらりと思った。

*****

元ネタ?は去年の妄想語りです☆




* * * * *



1111

ペイン襲撃後の木ノ葉の里は、深夜まで絶えず人の気配がして、目に見える景色は酷い有様なのに、妙な言い方になるかもしれないが賑やかだった。

初代様がこの地を礎に里を興されて以来、歳月を重ねこつこつと造り上げてきた建築物を初めとする物理的なものが無残な瓦礫へと変わってしまったのだ。思い出を多数持つ年長者であればあるほど喪失の痛みは大きい。皆一様に打ちのめされてはいたが、人的被害がなかったことが希望を持たせるのだろうか。必要以上にはしゃぐ大人達に急かされ、里の復興のため、僕は衆目の中、盛大に木遁を披露するはめになっていた。

あちこちからヤマトヤマトと大声で名前を呼ばれ、誰かさんにされるように容赦なく扱き使われたが、その扱いにぼやいてはいても、僕はどこか嬉しかった。こんな風に初代様の術に対する畏れも揶揄もなく、明るい日の下で里の人達と接する未来があるとは夢にも思わなかったからだ。

そしてそんな僕に対して、先輩が一緒の簡易テントを使おうと持ちかけてきたのも驚きだった。

僕のチャクラは、いや僕自身の命でさえ、育んでくれたこの里のもので、いつだってそうだけれど、それは今現在も里の人達全てに平等なものだ。

僕は疲弊していてこれ以上木遁を使う体力もチャクラも残っていなかったし、この非常時に即戦力にあたるような成人男性の僕や先輩だけ特別扱いで木遁の家に住むという考えはなかった。

でも、先輩の体の状態を正確に把握していたのなら、僕は違う措置を取っただろう。

実はこの時、僕は先輩が文字通りの黄泉還りを果たした身だとは、知らなかった。

他に重症患者もいる中で先輩の外傷は酷くなく、かつゆ様を介してその辺りの詳しい事情を知る綱手様も当時はその事実を内外に伏せられていたが意識不明だった。

確かにナルトは先輩の体を気遣っていたけれど、日夜復興に借り出されている僕とはすれ違いばかりで、ナルトとも誰とも時系列立てたきちんとした話をする間がなかった。

そして先輩はというと、少し雰囲気が変わった。

忍犬に手伝ってもらったという、瓦礫の中から掘り出して来た写真を眺めて、穏やかに笑う。

僕は何だか意外だった。

元より自分のことをあまり話さない先輩だけれど、過去の記憶が痛恨の後悔に浸されているであろうことは、先輩の生き様を見ていれば想像がつく。先輩は、張りつめて自己の怠慢を許さないような、そんな雰囲気を持つ人だった。

だけど今は、何だか違う。どこかやわらかい…。

まるで出口のない絶望の中に放り込まれていた少年時代の僕は、恐ろしいほど強くて残酷に見えた先輩に反抗的な態度をとったり、先輩のことを知るにつれて逆に独占欲を覚えたり妙な感情に苦しめられたりはしたけれど、今の穏やかな先輩を見ていると、優しくしたくなる。なんていうのは変だけど、それしか自分の気持ちをうまく表現する言葉が出てこない。

里単位の避難生活だ。物資は当然今後足りなくなることが予想されるから、蝋燭なんて贅沢品だ。忍びだから夜目はきくもののテントの中は暗い。そんな中、色白で銀髪の先輩は、明らかに僕より月や星の光を反射してぼんやりと光っている。テントと一緒に支給されている簡易ベットは男二人で寝るには少し手狭だけど、たまにはこんな時間もいい。

「そろそろ寝ましょうか。先輩」

いつものように先輩が横になるのを待ってその隣に移動しようとしたら、「あ、12時過ぎたよね」という言葉と共に先輩は何やらがさごそポーチから取り出し始めた。

ほら、と言う手には何故かポッキーが握られていて、

「お前が勝ったら、何でも言う事を聞いてやる」

躊躇はしたものの、あーん、と促す目に抗えるはずもなく、深い考えもなく甘いチョコにコーティングされた先を咥えさせられた。

先輩がすぐに反対側を咥える。

ぽき、ぽき、と音を立てながら近づいてくる先輩から目が離せなくなって、まさかと思っているうちに、終着点にたどり着いたくちびるが、やわらかく押し当てられた。

暗闇で薄く光る先輩の微笑みはとても綺麗だったけれど、どくん、と心臓が音を立てた瞬間、僕はもう一度先輩のくちびるが欲しくなった。

お互いの体温を感じるだけの、重ねるだけのくちびる。

静かに離して、お互いの目だけを見る。

「今の、どっちが勝ったんですか」

「おあいこだね」

秘め事を囁くように微妙な嘘をついた先輩は、もう一本ポッキーを取り出した。

「お前が勝ったら、何でも言うことを聞くよ」

と。

先輩とは知り合って長いけれども、こんな風に誘われたことは一度もない。

やっぱり以前とはどこか雰囲気が変わった。

そう思いながら、流されていたさっきとは違い、次は真剣に勝つつもりで差し出されたポッキーを咥えた。

*****

無理にポッキーに持ってく事もないだろうと当初予定していた話を変更したのにこの体たらく…。そして私的に、いつも書いてるテンカカとヤマカカではこんな違いがあるのでした。




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