君は真顔で嘘をつく
先輩は酷い人だ。
時々戯れに男の生理を煽っておいて、僕がその気になったら絶妙なタイミングで体を引く。
そういえばこんな感覚、つきあう前にも何度か味わった。
特別に微笑みかけてくれるのに、僕が真剣になったら途端に冷たくなるんだ。
「テーンゾ」
なんて、僕がその声に抗えないことを知っていて満足そうに……。優しさと余裕は紙一重ってところか。
この人はきっと、僕に乱されるのが嫌なんだ。とは薄々気づいていた理由のひとつ。
男なんて即物的だ。
やりたいだなんて衝動を感じてしまったら、普通は歯止めが利かない。
そういう意味で、僕はたまに先輩のことを自分と同じ男だなんて信じられなくなることがある。
だって。僕を煽っていて、どうして貴方は僕に欲情しないの。
先輩は何のために僕を翻弄するんだろう。
自分の魅力を確かめるためか?
任務中は先輩ほど己の魅力に無頓着な人はいないと神々しさまで感じるほどなのに。
「萎えました。今日はもう、寝ます。おやすみなさい」
散々男心を弄ばれて、これ以上縋ってお願いするのはプライドが許さないと憤慨した僕が布団にもぐったら、
「嘘つき。お前、嘘つく時、すごく真剣な顔するのよ。知ってた?」
突き放されたのにえらく上機嫌な先輩がくすくすと笑って、不貞寝している僕の後ろ頭に手を置いた。撫でてなだめるよう少し動くその手に、僕は絶対にほだされたりしないと決意する。
「先輩は、笑いながら酷いことを言いますよね」
毒づいたのに、先輩はとても嬉しそうだ。
「そう?」
と可笑しそうに笑ってから、急に声の調子を変えて
「しようか、テンゾウ」
耳元で囁き、僕の耳を軽く噛んだ。
びっくりして飛び上がりそうになった体をからかわれるどころか押さえ込まれて、「嫌だ」と言っているのに「嘘だ」と勝手に決め付けられ好き放題された。
先輩は本当に。
酷い人だ。
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キリッ!としながらナルトに嘘ついていた隊長を見ての妄想
* * * * *
絶望の中で僕は生まれた
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稼いだ任務料を一体何に使っているのか。いわゆる浪費や贅沢をしているところなんて見たことがないのに、日頃から財布の紐が堅すぎるカカシ先輩がしれっと意外な台詞を吐いた。
「今日誕生日だろ、テンゾウ。何が欲しい」
知らないはずはない。あの時のやりとりをまさか忘れているわけじゃないだろうに、その白々しさはいっそのこと清々しいほどだ。
僕は先輩の真意を測りかねて沈黙した。
記憶の濁流は、心の奥底に封じ込めた不本意な感傷を呼び覚まして刺激する。
引き千切られた管。
白いシーツに知らぬ間に存在していた多量の血痕。
色素の薄い髪。出逢った瞬間に突如膨れ上がった感情に戸惑い、そして「彼女」に伸ばされた己の腕。
鼓動。初めて意識した己の鼓動。
嬲り殺しにされた、少女の穢れた太腿。
先輩の、僕を見つめ返してきた真っ直ぐな眼差し。
…ああ。多分僕は、妙なことばかりを鮮明に覚えている。
「テンゾウ」
「はい」
面影なんて、何一つ覚えてない。
研究所に監禁されていた誰かと、あの下忍の少女を重ねたわけじゃない。
でも僕は、どんな無理を押してでも、あの時あの少女を助けたかった。
そして意味のないことに執着する滑稽な自分を嗤うために、僕は先輩に八つ当たりとして真実の一片を吐露したはずだ。
何一つ正式な記録のない僕の『誕生日』は、研究所から瀕死の状態で助け出された日で。
お前はあの日生まれ変わったんだ、生まれたんだ、と。事後処理に関わった里の誰かに他人事の気軽さで定められた日に過ぎなくて。
何より僕のものでない細胞の記憶と感情が、僕の担当医として急遽呼び戻されたという豪快な医療忍を『視た』瞬間に膨れ上がってどうしようもなかったこの躯の。
すべての感情の結果が、僕が二度目に『生まれた』日に無力な少女が理不尽に惨たらしく死ぬことを拒絶していた。
でも、結局のところ、それはただ目の前で僕が『それ』を見たくなかっただけの話だ。
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何かを欲しがる気分になる日じゃないです。
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そんな憂鬱な言葉で先輩の眉を曇らせたくなくて、返事を保留したまま僕は曖昧に微笑んだ。
* * * * *
『絶望の中で僕は生まれた』のつづき
絶望の記憶は未来を戒める
会いたかった。
素直に口に出すことが、なぜこんなに難しいのだろう。
屈服することは屈辱だと、多分僕は心のどこかでそう思ってきた。誰かに心を明け渡すその可能性でさえ考えたことのなかった僕の足は、その日、自意識を裏切って先輩を探した。
日の落ちた人気のない慰霊碑の前。
やや頭を垂れたような寂しげな姿勢で、その人は立っていた。
今なら容易にその背中を貫くこともできそうだ、そう錯覚してしまうほどの頼りなさと存在感のなさ。
秋を感じさせる冷ややかな風が、湿気を含んだ空気を軽く引き裂く。
「テンゾウか」
先輩は振り返ることなく僕の名前をつぶやき、沈黙した。
はい。そう答えかけた声は、僕を見ようとしない先輩の後ろ姿に挫かれ喉の奥に飲み込まれた。
だからせめてもの抵抗として、黙って頷く。
その様子を悟ったのか先輩が微かに微笑んだような気もしたけれど、これも錯覚か。
一週間前、至近距離でチャクラ切れの先輩と瞳を合わせた。
ぐったりと冷たい体を温めようとして腕の中に抱いたら、息が触れるほど近いところに先輩の顔があった。
永遠の短さとでもいうような奇妙な長さを感じる時間。
互いの瞳を見つめ、硬直した時間を破ったのは、先輩の身じろぎだった。
「お前、犯されるかと思ったじゃないの」
声に感情を乗せずゆっくりとつぶやいた先輩は、言葉とは裏腹に身動きの取れない体を僕に預けた。
そこには確かに、僕が性急な行為に走らないだけの、関係に余裕を覚える安心感や近しさがあった。
なのに。
今日慰霊碑の前にたたずむ先輩の背中は、儚いだけでなく、どこか遠い。
うちはオビト。
年を経るごとに慰霊碑に刻まれた名は、水を吸い土に馴染み苔にそのふちをまろやかにさせ……そして先輩に、
突如近づき、常になく激しく実力行使で微動だにしない肩をつかんだら、よろめいた先輩が僕と視線を合わせるのを避けるように腕を上げた。
「ああ。悪い。テンゾウ」
忘れたくないんですよね、先輩。
一年一年……いや、一歳一歳。身代わりの人生であることを確認して彼の意志を骨の髄まで刻み込むため、『余り』の人生をいつ捨て終えても本望だと考えるために。
どうせ僕に戯れの言葉をかけたことだって後悔してるんでしょう。
「僕には何が欲しいかって聞いておいて、自分だって何が欲しいか言えないんじゃないですか」
全てが憶測の域を出ない決め付けだったのに、瞳を伏せた先輩は唇の形だけで笑い、
「ごめん。テンゾウ。また今度にしてよ」
優しい声音でそう拒絶した。
僕は懇願の形をとったその命令に従うべきかどうか一瞬だけ躊躇い、
「嫌です」
気持ちに素直に、ただ、つぶやいた。
「嫌です」
* * * * *
テン誕とカカ誕。私なりのふたりの根本的なイメージ。