SSS10




病室の花瓶に手をかけた瞬間、寝台で身を起こしていた先輩に制止された。

「あとで俺がやるから、リン」

咄嗟には振り向けないままで、あんまり動かないのも体が鈍っちゃうから…という先輩の独り言を聞く。

「はい」

恐らくサクラが持ってきてくれたのであろう花を弄りながら笑顔をつくろおうとして僕は失敗した。

まただ。

「……万華鏡写輪眼を使ったんですね」

先輩が軽いため息で答えるのを背中で聞く。

開いた先で、ひとつ。またひとつ。

何かの予感に、胃の腑に重いものが落ちる。

うちはオビト。

享年13歳。

単純計算で、先輩の今の年齢の半分以下の記憶。

しかし、彼がカカシ先輩と共有している数年間は、強固な融合を見せて、先輩をして時に僕を「リン」と錯覚させる。

写輪眼を開くたびに、ひとつ。またひとつ。

「僕が生きていても支障ないんですね……」

「お前の命で開眼したのにね」

先輩は、一番親しい人間である僕を『殺した』絶望の中で開眼した。

涙と血で泣きぬれた先輩の瞳を最期に見た時、僕は実は、悦んだ。

木遁を使う度に初代様の『視た』世界は鮮明になっていく。

僕は僕だけのために死ぬことが許されるとは、その瞬間まで考えたことがなかった。

先輩はきっと、過去の思い出よりも先に僕のことを忘れていくだろう。

それでも。

捧げる。

僕が自由になる僕の全てを。

********

ヤマカカ萌えの初期は二人とも過去や細胞の記憶に『侵食される』イメージでした。




* * * * *



ヤマト隊長と暗部カカシ君

『目は口ほどにものを言う』とは、よく言ったものだ…。

任務の延長といった具合に同僚と食事をしている最中から、その視線は僕にまとわりついていた。

隠れようとは思っていないのだろう。でも、素直に降りてくるには腹の虫が収まらないといったところか。

同僚のくのいちも物問いたげにこちらを窺っている。

僕はため息をついた。

食事を済ませてすぐに出ると、カカシが潜んでいそうな木の上を見つめて声をかける。

「カカシ、いるんだろう。出ておいで」

おちおち食事ものどを通らないような殺気を撒き散らしておいたくせに、呼びかけても返事はない。

「カカシ」

苦笑しながら呼ぶと、カカシは店の軒先から音もなく姿を現した。

暗部服だ。面は外している。目が険しい。怪我は。

「カカシ、その腕は」

「大した怪我じゃない」

僕の視線を先読みしたカカシが、そっけなく答える。

決して僕の隣に立つ同僚の方を見ないでいるカカシが、にやありと凄みのある笑い方をした。

一瞬、ぎくりとする。

その笑いを深読みしないで済むには、生憎いろいろと身に覚えがありすぎた。

「大した怪我じゃあ、ないよ」

体を交えたことのある記憶が、その視線に多少僕をひるませる。

「でも……毒の可能性は、あったりして、ね?」

有無を言わさずカカシの二の腕をつかんで傷口の匂いをかげば、まだ真新しいその箇所が引き攣れてじわりと体液が染み出してきた。

舌でその味を確かめるべく強く吸い出すと、カカシは僅かに身じろぎして「あ」と吐息のような喘ぎを漏らした。

わかってるよ。

この性悪。

牽制しておきたいんだろ。

カカシの流し目を受けたくのいちは、もちろん赤面するほど初心な女でもなかったから、面白い物を見たといわんばかりの微笑みを浮かべ「私はこれで。ヤマト隊長」と言い残して去った。

この隠れ里で、口が軽いのは男も女も同じ。

これからは閨に少年を送り込まれるんだろうな。

同僚が去るなり大人しくなってうつむいたカカシは「もういい」と不機嫌に僕を腕から引き剥がした。

「毒なんて嘘。そんなヘマ俺がするわけないじゃない」

知ってるけどね。

でも、そんな酔狂をやりかねないカカシの気性も同時に知ってるわけで。

「……お前、お嫁さんが欲しいの?」

なんでそういう、かわいいことをわざわざ言うのかなぁ。

俺がいるのに…。

つぶやきは小さくて聞き取りづらかったけど、僕は小さくてかわいかった時代から知っている銀髪を撫でて、彼が望む言葉を心をこめて贈った。

「カカシがいるのに、そんなこと僕が思うわけないじゃないか」

ぱっと顔を上げたカカシは、突然僕の首に腕をまわして抱きついてきた。

「もう歩けない。抱っこ!」

「はいはい」

甘いなあ、僕も。

そう思いながらカカシの背中に手を回して、無事に還ってきた僕のカカシにくちづけた。

*****

勢いに身を任せて、『仔先輩がそのまま成長したら』の流れでパラレルっぽいものを少し。

個人的にヤマト隊長と暗部カカシ君の脳内画像はとても新鮮でした。ごちそうさま(合掌)。




* * * * *



悲鳴残響依存

波が、引く。

命の波が。

肌で感じるこの好機の中、追い詰め、逃げる影をひとつも逃すことなくその体を木遁で引き裂いた。

迸る暗い幹と、枝とのその向こうの空間。

走る先には無限の大地が広がっているのに、彼らの生還は絶望的だ。

耳にいつまでも残るような蒼い光を集めた腕は、残像だけを僕のこの目に焼きつけて、消える。

闇の中、銀色の髪がきらりと光った。

麻痺した己の鼓膜が心地よくて、うっすらと笑う。

僕は、僕の都合だけの話で、闘いの名残である残響さえ残さないカカシ先輩が好ましかった。

「テンゾウ…」

「何ですか」

「無残に、殺しすぎるんじゃないの…」

そのご高尚な精神さえなければ。

僕は木遁に引き裂かれ、悲鳴を上げる間もなく裂け散った肉塊を無感動に見つめた。

「苦痛が長引くよりましでしょう」

「……でも、これじゃあ」

言いかけて口をつぐんだ先輩は、僕達が築いた人と認識できなくなったその結果をちらりと目の端に捕らえて不自由そうに立ち尽くした。

その死体を『誰』が見る。

先輩の言葉は、僕とはかけ離れたまともな前提。死に行く者より、それはむしろ。

「じゃあ先輩」

その隙に乗じて先輩の髪をつかみ、地面に引き倒した僕は、驚きの視線を受けたことによって腹の底に溜まった苛立ちが相殺されていくのに気がついた。

「僕に『悲鳴』を聞けって言うんですか」

「なに?」

下から鋭く飛んできた蹴りを押さえつけて、暗く高揚する己に笑いがこみ上げてくる。

綺麗で澄ましたその貌を、歪ませることができたらどれだけ愉快だろう。

殺し合いの相手にさえ情けをかけるお優しいその唇から、彼の人生そのものを否定するような悲鳴を聞けたらどれだけ興奮するだろうか。

「いい加減にしろよ、お前」

どこまで。

「僕も、綺麗で強いアナタを汚したがってる下衆な男達と同じだ」

自分の価値と尊厳を、他人に最後まで踏みにじられたことのない先輩が。

「テンゾウ!」

聞かせてみせろ。

生きて足掻いた証を悲鳴で。

僕の。

記憶の中の声まで全て。




* * * * *



テンカカ変換:テンゾウわんこバージョン

付き合うまで、こいつがこんなに股の緩い男だとは思ってもみなかった。

いや、股が緩いというのは語弊があるか。実際には股の先が緩いとでもいうべきか。

初めて会ったときはこちらが落ち込むほどに警戒してくれたというのに、少し誉めて撫でてやったら、あいつは簡単に俺になついた。

「好きです。好きです」

俺よりも細い体で積極的に上に乗っかってキスをされた時は、その意外なほどの馬鹿力とまさかの超スピード展開に驚き、腰を擦り付けられた時はもっと驚いて思わず悲鳴を上げた。

「……僕のこと、嫌いですか」

しゅんとして発動する上目遣いはまさに殺人級だ。

何でも許してしまいそうになる自分が俺は怖い。まったく怖い。

任務帰りの俺を出迎えるたびに精子をもらしてしまうテンゾウが怖い!

「何て奴だまったく。少しはちんこの先っぽを締めろ」

「……ごめんなさい。先輩」

でも、嬉しくて出てしまうんです。

と、俺の小言に悲しげな顔でうつむいてしまうテンゾウがまったく憐れで、下着のしみも青臭い臭いもうっかり許してしまう俺も救いようがない。

第一、俺に会えて嬉しいと全身で(いや、むしろ局部で?)表してくれる奴が実はかわいくて仕方がない。

会えない時間に比例して飛び散る嬉し精子のしぶきは多くなるわけだが、

「いっそのこと玄関で裸で迎えてもらおうか。その方が掃除や洗濯の手間が省ける」

「あ、あんまりです先輩!」

何が今更「あんまりです」ってなもんだ。

たまにもみくちゃになってふんどしの脇から「あんにょん!」してしまった一物のしぶきが俺にかかってるのを知らないとはいわせなーいよ。

「少しは興奮をおさえろ。さもなくば帰ってきて三分間はお前を無視していない者としてふるまう」

「そ、そんな。ずっと待っていてやっと会えたのに酷いです先輩……」

精子をかけるのも所有の確認と喜びを噛み締められる行為なのにと、テンゾウはしゅーんと見えない尻尾をたれてしまった。

……まったく。抑制された行動と裏表のない無邪気さとを天秤にかけると、無邪気さ全開の嬉し精子の方に傾いてしまいそうになる自分に驚きだよ。

一緒に遊ぼうと思って買ってきた娯楽品の数々は無駄になり、こちらが拒否しなければそれこそ24時間「触って。キスしたい先輩」とせがむこいつのせいで俺の日常はめちゃくちゃだ。

「僕と任務、どちらが大切なんですか」

「毎日のことだろ。おい、本気のその通せんぼは何の真似だ」

「僕と任務、どちらが大切なんですか」

「……頼むよ。うなり声と歯が怖いよテンゾウ」

一緒に連れて行ってもらえるとは期待していないだろうに、飽きもせずこいつは出て行こうとする俺の袖を引っ張って邪魔をする。

「テンゾウ、うるさい」

「くっ……先輩!」

叱責の効果もほんの数秒の困ったテンゾウなのだった。

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うちの実家のわんこの性別はメスです。私を一目で虜にしてくれた『魔性のメス』ですが、時々うれしょんしてしまうのであだ名はションションだったりします。




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