SSS1




狂執

辛い経験をしている者ほど、他人に優しくできるというけれど。

それは何かの間違いじゃないかと思う。何故なら、他人によって抉られた穴は、常にそこを埋める生贄を求めている。

好きで好きで、大事なはずの先輩の、苦痛にうめく声がボクを昏く笑わせる。

泣く先輩を上から眺めている時ほど、ボクを興奮させる状況はない。

こういう時、ボクは人としてどこか欠陥があるんじゃないかと思う。

「痛いのが嫌なんじゃなくって、もうテンゾウがヤだっ」

そんなことを言われたって、先輩が望むようなまともな痛みはこの心には走らない。

あるのはむしろ、大好きな先輩によって存在を否定されたために生じる、陶酔してしまいそうな、ねっとりとした悦び。

「嫌い、ね。こんな気持ちにさせてくれるのは、あなただけですよ。カカシ先輩」

木遁で縛り上げた先輩の体が、負荷に耐えかね軋んで白く柔らかい肌も変色していく。

逃げるのは許さない。

この腕から出る己のものではない術に、明らかな嫉妬と嫌悪を感じながらも、ボクは先輩の体を離せない。

「好きですよ」

感情に連動する木々にますます力が入ってしまったようで、先輩の顔が苦痛に歪んだ。

力を緩めようと思うのに、その唇から罵倒を聞きたいのか、ボクは先輩を解放することがどうしてもできない。

「テンゾウ…」

目が合ったから、ただ無感動に見つめ返した。

「…離して、よ…テンゾウ…」

「……」

「テンゾウ…お願…もう、体ツラ…い…」

その気になれば本当はいつだってボクを殺して自由になれるはずの先輩が、涙を滲ませ懇願することには何の感慨もわかなかった。

ただ。気絶するのは可哀想だと。そう思って、唐突に先輩から触手を引いた。

倒れこんで咳をする先輩に手を伸ばして、背中をそっとさすってやる。

「嫌だ」と叫んでボクの手を振り払うかと思ったのに、先輩は逃げずに大人しくしていた。

体の節々が痛むようで、窮屈そうに身じろぎしている。強張ったままの頬に手をあてても何も言わない。

先輩はボクの優しく動く手に瞳を閉じて、もっと撫でろと無言で要求していた。

さっきはあんなに嫌がっていたのに。

優しくすると縋りつくなんて、そんなの卑怯だ。

「先輩は優しいのが好きなんだね。そんなの、ホントの愛情とは限らないのに。馬鹿だね」

ボクの口をついて出たのは、それは思いやりの欠片もないような、皮肉で。

面倒くさそうに目蓋を上げた先輩は、憮然として抱きついてきた。

「いいもん別に……。俺はテンゾウが俺に優しければそれでいいの」

その言葉にため息をつき、ボクは狂暴な感情を押し殺して、少し笑った。




* * * * *



無題

「…なんか、カカシ先輩には通用しないんですよね」

「? 何が?」

あどけない寝顔をさらしていたテンゾウに、実はカカシもきゅん!としていたのだ。

しかし外見上は無表情。おもむろに掛け布団をめくって男にしかないある箇所(股*間)を確認して数秒考え込み、すぐに元通りにかけ直す。

そしてそのまま離れようとしたカカシの腕は、寝ていたはずのテンゾウによってつかまれベットに引きずり込まれた。

「一週間ぶりに会う恋人がベットで無防備に寝てるのに、キスのひとつもしてくれないんですか」

「うえっ!? なに起きてたの。お前…」

「冷たい。カカシ先輩。いつ襲われるか、どきどきしながら待ってたのに」

「え。だって。お前、疲れてるかと思って」

きょとんとして言い放つカカシを前に、テンゾウが少し眉をひそめた。

「なんだかいろいろ、男として意識してもらってないっていうか、…淡白ですよね、先輩って」

「えー」

意識してるのに、とへらりと笑った瞬間、後ろから抱きしめられてカカシの笑顔が凍った。

「そう。こんな風にびっくりしている先輩も可愛いよね」

「いつも飄々としている顔が、緊張するのもなんかそそるよね」

「……テッ、テンゾウ!?」

二人のテンゾウの間に挟まれて、思わずカカシは大声をあげた。

「あ、何だか警戒してる? 先輩」

「愛する人に、絶対酷いことなんてしないのにね、僕達」

「ね」

「……テンゾウ。カタいのが二本あたってる俺に」

くすくす笑っている正面のテンゾウ1の髪をつかんで、カカシはため息をついた。

「…ま、とりあえず一本ずつ相手しようか。同時に刺したら、お前殺す」

同時がイヤなのは穴が広がって単純に痛いからですか、それとも一本ずつ相手にした方が長く何度も楽しめるからですか。

とは訊かずに、背後のテンゾウ2はカカシの膝裏に手を滑り込ませながら、「了解」と静かに微笑んだ。




* * * * *



無題

「俺のどーこが、女面してるって? 俺のケツ穴のどーこが、女のマ●コに見えるんだって? ああ!?」

この熱帯夜に氷点下10度。

冷え冷えとしたカカシの声が聞こえてきた時、テンゾウは慌てて声の主の天幕に踏み込んだ。

殺伐とした暗部の任務の後で、さらに見る者の気持ちを暗鬱とさせるような光景。

暗部ベストを肌蹴させているカカシが、先輩を蹴り殺そうとしていた。

「カ、カカシ先輩。これ以上は懲罰対象になります…!」

「はぁっ!? 何言ってるのテンゾー。懲罰対象になるようなことしたのは、こいつでしょ!?」

戦闘中にもカカシがこれほど感情的になって激昂している姿は見たことがない。

思わず抱きついて止めると、心底不快そうに振りほどこうとしたカカシの動きがふいに止まった。

荒かった息が静まって、ぎゅっと肩のあたりをつかまれる。

「…テンゾウ」

「はい?」

気絶している先輩に目をやりながら確認する。これは数日使い物になりそうにない。よりにもよってカカシを襲うなんて、隊への被害甚大だ。

「お前、何だかいい匂いがする」

「はぁ…」

とりあえず冷静になったようなのでカカシから体を離そうとしたら、肩口をつかんでいる指がさらにぎゅっと食い込んで銀髪がさらりと露出した肌に触れた。

「先輩?」

「…でもお前ってつまらなーい男。この俺がこんなに近くにいるのに動揺ひとつしないなんて」

先ほどまで女扱いされて暴れていた男とは思えない台詞に、思わずテンゾウは「え!」と間抜けな返答をした。

すると銀髪の合間からじっとテンゾウを見ていたカカシが、急に興味を失ったかのようにさっと離れた。

「もういい。おやすみ。そこのゴミ目障りだからどこか見えないところに片付けといて」

女王然とした態度で言い放ち、カカシは寝台にごろりと横になった。

その様子をちらりと窺って、テンゾウは『ゴミ』扱いされた暗部の先輩を拾い上げて「失礼しました」と天幕を出た。

しばらく歩いて思い出したように顔を下に向けて脇のあたりの匂いを掻き、首をかしげながらテンゾウは再び歩き出した。




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