彼岸姫2




事の真相とは、いつだって噂ほどには劇的で面白い内容ではない。

忍びとしてまだ未熟だった頃は、確かに抱かせることによる企みがあった。

綺麗な顔したあばずれ。

血の臭いが濃くなればなるほど、興奮して誰彼構わず誘っては乱れる。

噂には尾ひれがつき、やがてカカシと寝た者は例外なく死ぬとまで囁かれ始めた。

実際には百発百中で寝た相手を殺せるほどに、カカシに魅力があったわけではない。

だが「写輪眼は俺のコレだ」と下品に小指を立てて言いふらす人間に限って、戦場では無残な骸となって味方の忍びを震撼させた。

無責任な噂を流す者たちも、彼らが死んだ本当の理由を知らないわけではない。

多くは慢心や、忍びとして真摯に己と敵に向き合わなかったがために。そしてごく少数の者が、カカシに執着しすぎるあまり味方に対する疑心や妬心を抑えられなかったがために。さらに残りのごくごく数人の者が、カカシの盾になって命を落としたが、それは他の忍びたちのあずかり知らぬことだろう。

「はい。カカシさん。お弁当。なす入りの卵焼きが好きみたいでしたからいっぱい入れておきましたよ。任務が終わったら、寄り道はいいけど浮気しないで帰ってきてくださいね」

「・・・・・・」

昨夜もその前の晩も、やはりイルカはカカシを抱かなかった。

同じ布団の中で、ただキスしかしないイルカ。

一夜明ければ、早起きしてお弁当など作って、こうして笑顔でカカシを上忍師の任務に送り出す。

欲求不満も手伝ってか、その嘘臭い笑顔がカカシを常になくイラつかせた。

「ねぇ、アンタふざけてんの。それか俺のこと馬鹿にしてるの」

まだ暖かい弁当箱を放り投げてそう言うと、腹の立つことにこの中忍は床に落ちる前にそれをキャッチした。

「あれ。ゆで卵の方がよかったですか」

「ふざけんな。一緒に寝ていて手も出さないような腰抜け野郎。もう二度とこんなところ来ない」

感情を制御するのが甚だ面倒に思えて、カカシは叫んだ。欺瞞に満ちた空間からもはや永遠に出て行くつもりだった。

だが、扉に手をかけようとして、迂闊にも幻術にかかっていたことに気づき舌打ちをした。

あるべきはずの場所に、扉がない。

「何だか不穏な目つきしてたので、お弁当渡す時にちょっと」

殺気だったカカシの背後で、緊張感なくイルカが言う。

「・・・・・・いい度胸だ。中忍」

振り返ると、イルカは薄く笑っていた。

「それに、男は溜まる生き物だってことを失念してました。浮気されるぐらいなら、自分で抱く方がマシかな、と」

「今更何言ってるの」

じり、とイルカが一歩近づいてきた。

「里で、俺を同胞殺しにさせないでくださいね」

「・・・・・・どこまで知ってるの。アンタ」

「身体なんか繋げなくっても、あなたが好きですよ」

幻術のせいだ、とカカシは思った。

イルカの背後に、目には見えない恐ろしい闇が広がっているように思えるのは。

相手の力量を見極めた上での、恐怖の克服。感情の制御。それらができない忍びは、いつだって背中から斬られて内臓をぶちまけて死ぬ。

なのにひたひたと足元から侵蝕して来る何かが、カカシの判断を狂わせる。

「変な目で・・・俺を見るな」

「自分に主導権がないと不安ですか?」

長期間イルカのチャクラに馴染まされたこの空間で、意思を持ってそれを利用した幻術と結界。抵抗するには甚だカカシにとっては不利な状況だった。

イルカが静かに微笑んで、そして逃げ道のないことをカカシに告げる。

「無駄ですよ。カカシさん。媒介は、この建物そのものです」

「見るな。そんな目で俺を見るな。抱くなら身体だけでいい。余計な感情はいらない。俺のこと好きなんでしょ。だったら俺の言うとおりにしろよ!身体しかいらない。抱け。抱けよ!」

唐突に恐慌状態に陥って、カカシは矛盾だらけの言葉を叫んだ。

おかしい。

「命令、だから。抱けよ。気持ち悪いから、俺のこと、好きになるな」

おかしい。おかしい。何かが精神に干渉してきている。

おかしい。

しばらく黙っていたイルカが、優しさの欠片もないような表情でカカシを嗤った。

少なくとも、カカシにはそう見えた。

「わかりました。カカシさん」

手が、カカシに向かって伸ばされる。

逃れようにも、何故逃れなければいけないのか、何もかもがよくわからなかった。

イルカがまた嗤う。

「・・・・・・いえ、姫」

初めてイルカの指が、カカシの胸に触れた。




* * * * *



「やー諸君。今日は先生、イチャパラも真っ青の愛憎の檻から抜け出してくるのに手間取ってしまってな」

電柱の上から姿を現すと、子供達は不信感も顕にカカシを睨みつけた。

「んもーっ! 訳のわからない言い訳もいい加減にしろってばよ!」

しかし騒ぐ元気があるのはナルトだけのようだ。

カカシの降下地点を予想して、その下で飛び回って怒っている。

残りの二人は、ナルトとは対照的に怒りが暗い。

「・・・・・・もう、夕方よ」

「最高新記録だな」

「すまんすまん」

笑顔で子供達をとりなしつつ、気を抜くとふらつきそうになる体を叱咤する。

今日の任務内容は、と説明しつつ、頭の中は別のことに支配されていた。

体中がぎしぎしときしむ。

何だ。あの中忍は。




* * * * *



避けずとも、わざわざあのイルカの巣にさえ足を踏み入れなければ、彼との関係は切れたはずだ。

少なくともそれで終わるはずだった。あんなことは、一度経験すればたくさんだった。

だがもう一箇所、イルカが日常的に己のチャクラを染み込ませている場所がある。

「はたけ上忍。どうかしましたか。顔色が悪いですよ」

「・・・・・・」

対象をカカシに絞って張られた、周到な罠。

いつからこの男は自分を狙っていたのか。

一度身体を重ねれば、それからのイルカには容赦というものがまるでなかった。

「・・・は・・・もっと」

焼き切れそうな意識を何とか表層に繋ぎとめて、挑戦的にカカシはイルカを強請った。

任務受付所から何とか出たところを無理矢理に薄暗い部屋に連れ込まれて、服も脱がないまま、肌をあわせないままにイルカと繋がった。

視覚、聴覚の全てをイルカの世界に染められる。

黒い瞳がこちらの感情の揺れを少しも逃すまいと見つめている。

深い位置に沈む前に、カカシは喘ぎながら虚勢を張った。もっと、と。

身体の一番敏感な部分に埋め込まれたイルカの欲望が、永遠かと思えるほど強く貪欲にカカシの視界をぶれさせる。

「・・・・・・抜くな。まだ、抜くな」

「そろそろ戻らないと、同僚に何事かと詮索されますので」

そう言って愛しげにこちらを見る瞳は、まるで大事にもてあそばれているような錯覚をカカシに起こさせる。

「・・・く、そ・・・煽るだけ煽って、このまま放置したら・・・殺してやる・・・!」

「それも命令ですか。俺に任務よりもあなたを優先しろと?」

肯定するつもりも否定するつもりもないのに、乱暴に揺さぶられて、まるで男の愛に縋るしか能のない女のように何度も頷く羽目になった。

気がつけば、あーっ、あーっ、と。文字にすれば芸のない三文小説の喘ぎ声みたいな声を、夢中で喉から発し続けていた。

涙までこぼれる。あくまで、生理的な。

イルカがそれを見てうっすらと笑った。その表情に得体の知れなさを感じ、戦慄が走る。

そして今日も最後までくちづけを受けることなく、気絶するまで無理矢理に身体の中を暴かれた。




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