「いいよ。別に」
イルカからの告白を無表情で聞いていたカカシは、口布を下ろしてだるそうにそう言った。
「それって、カカシさん」
「だから、いいよ。抱かせてあげる」
あなたが好きです。俺とつきあってください。
そう言ったイルカの言葉とは微妙にずれた受け答え。だがイルカの心中などまるで興味のないカカシは、告白を受け入れた理由を素直に口に上らせた。
「ここんところご無沙汰だったし、ちょうどそんな気分だったから、いいよ。たまには専属っていうのも、漁りまわる必要がなくて楽かもしれないよね」
カカシの正面に立つイルカの表情が僅かに曇った。
見るからに真面目そうなアカデミー教師。
暴力的なセックスもしなさそうだし、あまり我も強そうでないから大人しくカカシの言うことを聞いてくれそうだ。
それに第一ここは里だ。自分と寝ても、イルカは死なない。
欲望の対象としてじろじろとイルカの体躯を眺め倒していたら、イルカの誠実そうな瞳が少しだけきつくなった。
「俺は別に、カカシさんの身体が目当てでつきあいたいわけではないですよ」
「ふーん」
「・・・・・・」
そうは言っていても、この男だって所詮は雄だ。見せかけの優しさも、欲望を根底にした「愛」という錯覚の言葉も、何もいらない。ただ、欲しい時につっこんでくれれば、それでいい。
「何でもいいから、はやくアンタの家に連れて行ってよ」
カカシはイルカに腕を絡めて、あからさまに誘った。
もはやにこりともせずにカカシを見ていたイルカは、唐突に密着してきたカカシから身体を僅かに引いて苦笑した。
・・・・・面白くない。イルカの態度を不快に思ったものの、既にその気になっていたカカシはイルカの腕を離さなかった。
心は既に、久しぶりの情事の予感にただただ単純に浮かれていた。
* * * * *
部屋に入るなりイルカを押し倒すと、カカシは自分からベストのジッパーを最後まで引き下げた。
そういえばこんな風に主導権を握る性交は初めてだ。
戦場ではいつも一方的に求められていた事実を思い出し、性に受動的だった己の過去をくすくすと笑う。
「カカシさん」
「黙って」
イルカの心臓の上。命の源であるそこに手を置いて、カカシはうっすらと微笑んだ。
そしてイルカの手をとって自らの胸に導く。平らな胸の先を愛撫されることを期待して、右手の指は己の秘所に。
そこは既に貫かれる予感に疼いて体中の感覚を甘く麻痺させていたが、指で直接触れると意外にもまだ堅く閉じられていた。
「ふっ・・・う・・・」
意識しなくとも、いやらしい吐息が自然にこぼれた。
ゆっくりと自分で撫でて、敏感なそこを蕩けさせようと目を閉じる。
ああ。早く、欲しい。
男の猛ったものが、ここに欲しい。
「・・・はぁ・・・ぁ・・・」
早く。
腰を揺らしながら指を繊細に動かし続け、そろそろと中指の先を己の中に侵入させた時、手首をきつくつかまれた。
「・・・・・・ナニ?」
気持ちよくなってきているところを無理矢理中断させられて、カカシは一気に不機嫌になって下にいるイルカを睨んだ。
二人とも着衣の乱れはほとんどない。
イルカは後ろ手をついて起き上がり、甘い息を吐くカカシの頬に手を当てて唇を近づけてきた。
すぐにキスをくれると思った唇は触れるか触れないかという位置で止まり、二人は至近距離で見つめあった。
焦れたカカシが唇を押しつけてやっと、イルカの指がカカシの髪の中をまさぐりそれらしい雰囲気になった。
時折強い力で、カカシの頭をつかみ直すイルカの指がひどく気持ちがいい。
カカシは唇を開いて奥にイルカを誘った。
だが、当然貪るように吸い付かれるはずのイルカの舌は、いくら待っても訪れなかった。
「・・・・・・ねぇ。ホント、何なの?」
思うように気持ちよさをくれない唇。
眉をひそめてそう訊ねると、カカシの腰に腕をまわして、イルカがにぃっと笑った。
「あ。え?」
戸惑っているうちに、イルカが体勢を立て直す。
向かい合う形で膝の上にのせられ、いよいよかとカカシが身体を震わせていたら、おでこにちゅっとキスされて、抱きしめられた。
「カカシさんて想像以上に色っぽいですね」
嬉しそうではあるが、至極冷静な声でそう言われて、驚くと同時にカカシは屈辱を感じた。
言葉とは裏腹に、カカシの色香に全く惑わされていないといわんばかりのこの態度。
イルカから流れてくる清涼な気配が気に入らなくて、密着しあった下腹部を揺すろうとしたら腰をつかまれ唇を指でなぞられた。そしてそのまま、髪を撫でられ膝の上から降ろされる。
「飯、食っていくでしょう。俺作りますよ」
「あ。待っ・・・」
見上げたカカシに今度は深いキスをして、なのに何の未練もなくイルカはさっと身を離した。
腰に響くような甘やかで優しい・・・・・・気持ちのいいくちづけ。
中途半端に与えられて放置されたカカシは、呆然として台所に向かうイルカの後姿を見送った。
望むものを与えられなかった躯が、冷えた空気に取り残されてじんじんと疼いた。
* * * * *
知れば知るほど、カカシにとってイルカという男は不可解な人物だった。
「俺はプラトニックな期間のドキドキ感を存分に楽しみたいので」
そう言ってカカシの誘惑を軽くかわす。
だが最初の晩に抱き込まれて眠って、その思わぬ気持ちよさに瞠目したカカシは、次の日も大人しくイルカの腕の中にいた。
「カカシさん。好きです」
にっこりと微笑まれて、髪を撫でられ抱きしめられると、昼間でもついうとうととして眠りに落ちてしまう。
その間イルカは、性的な意味でカカシの身体には触れてこない。
交わされるのは甘い会話と、そしてたまにくれるキスだけ。
それにしても。ただそれだけのことがこんなに気持ちいいなんて。
「はい。カカシさん。お弁当です。任務が終わったら寄り道しないで帰ってきてくださいね」
だが、まるで餌付けされた飼い犬みたいなこの状況は、どうだ。
「ねぇ。俺につっこみたくない?」
折りよく上忍待機所で一服していた顔馴染みの男の上に乗っかって、カカシは本気の笑顔で言ってみた。
暗部の任務も共にこなしたことのあるこの男と、今まで閨を共にしなかったのはたまたまだ。
誘われもしなかった代わりに、誘いもしなかった。
何故ならカカシと寝たがる男は、特に暗部内では事欠かなかったから。たまたま、この男にお鉢が回ってくることがなかっただけだ。
だがしかし、よくよくその重厚な身体を見やれば、この重みを受け入れる想像だけで体の芯がぞくぞくしてくる。
「ねぇ。アスマ」
「他当たれや、他」
だが、せっかく盛り上がってその気になっているというのに、この男もカカシにそっけなかった。いつぞやのイルカにされたように有無を言わせない力で膝から降ろされ、カカシはため息をついて頭をがしがしと掻いた。
面白くない。
既に自分の魅力は、男に好きな時につっこんでもらうことすら不可能なぐらいに枯渇してしまったというのか。この間イルカによって初めてついた黒星が、たった今ふたつに更新されてしまった。
「ちょっと。こんな上等な据え膳食わないなんて、どういうつもりよ」
「自分で言うな。大体、お前とヤった人間誰一人生きていないだろーが。おっかなくてとてもじゃねぇが手が出ねぇな」
カカシに取られた煙草を取り返しながら、アスマが面倒くさそうに言う。
「アスマならきっと大丈夫だよ」
これはあながち嘘ではない。この男は、間違っても自分には惚れそうもない。
だがそんな軽薄な口調の太鼓判に、アスマが心動かされた様子はなかった。
「縁起悪ぃ。案外お前が裏で殺して回ってるんじゃねぇのか」
「ナニそれ」
あまりといえばあまりな言葉に思わずふきだしそうになる。そんな無責任な噂を、里でまで耳にするとは思わなかった。
だが。まさか。
「ねぇ。まさか、里でもそんな噂流れてるの」
誘惑するのは諦めて渋々その隣に座り、少々面白くない気分で訊ねるとアスマが意外そうにカカシを見た。
「・・・いや、里ではそういう話は聞いたことはないが。でもまぁ戦場じゃ有名だったからなぁ。知っているヤツもいるんじゃないか」
「ふぅん」
尻の下の椅子が、上忍待機室の備品のくせに硬いことこの上ない。その上で膝を抱えながら、カカシは瞳を伏せた。
「カカシ?」
「じゃ、イルカ先生も知ってるかな」
「は? イルカ? 何でそこにイルカが出てくるんだ」
眉をひそめたアスマはその理由を容易く看破しているのに違いないが、全くの遠慮なしに思ったとおりの可能性を示唆した。
「・・・・・・まぁ。あの先生は受付業務も兼ねていて顔も広いし、誰かに聞いていても不思議はないわな」
「そうだね」
カカシは膝を抱えて眠そうな顔でアスマの言葉に頷いた。
隣ではアスマが何も言わずに煙草をふかしている。二本目が半分以上灰になったところで、カカシは音もなく立ち上がった。
挨拶もなしに出て行ったその背中を見送って、アスマはふーっと煙を吐き出した。