異国の踊り子




確かに言葉もうまくは通じないけれど、そしてそれ以前に言葉を交わしたことなどほとんどといっていいほどないけれど、カカシさんが何を思って生きているのか、僕にはまったく想像もつかない。

ブームからかなり立ち遅れてはいるが、僕の勤める旅館でも某国のニューハーフ達によるショーを数年前から呼んでいる。

夜の化粧とスポットライトの効果で、"彼女"達は個性のない見世物としての華やかで寿命の短い生き物に変わる。

異国の地で、己の性癖を偏見だらけの世の『スタンダード』規格に沿わせ、武器にして踊り、稼ぐ。

最初に見た時も、そして今も、人に感想を聞かれれば、「とても綺麗ですよ」という真実の一片しか僕は口に出せない。

彼女達が『綺麗』と人に評価されることを許容しているのは、実はそっくりそのまま、僕達の浅ましさをダイレクトにあらわしているようじゃないかとちらりと思う。

そして大概の場合値踏みの視線は、ショーが進むにつれて楽しむことに専念することにした妙に雰囲気に溶け込んだものと、交わりをどこかで拒否している無感動なものとに分かれるのだ。

「さあさあ皆さん。気に入ったコの胸元にぜひおひねりを差し込んであげてください」

イベント会社の司会と進行を、旅館側のホールの責任者として隅の方でただ立って眺めているだけの僕だが、最近はこの瞬間が密かに苦痛だ。

如才ない司会は場の雰囲気に合わせて、おひねりとしてこのショーの中だけで通用する千円5枚の仮紙幣を上に掲げて購買を促す。

慣れない老夫婦の優しい手つきは、まだいい。

人工の胸にあからさまな興味を示す本物の女の視線も、カカシさんには注がれないから、いい。

背が高くて女性としてほぼ完璧なプロポーションを誇る彼女達の中で、笑い担当の男の二人(彼らがいわゆるゲイであるとは僕は信じていない)を除けば、"男"の姿をしているのはカカシさんしかいなかった。

何の整形も施されていない身でなぜ彼が『わあオカマなのに女よりキレイなのねー!』などといわれるポジションで踊っているかといえば、彼が巷ではちょっと見ないほどの美形であるせいだ(身も蓋もない、ゆえに酷い誤解を受けそうな発言は人前では控えるだけの『分別』は僕にもある)。

ある意味生々しいが、ステレオタイプ的な彼女達の中で彼の姿はすごぶる目立つ。

当たり前だが胸はぺったんこ。ブラジャーと胸元の間におひねりをうける肉もないから、彼はいつもブラのアンダーをきつくしめている。

「スカスカなの。ココ痛ーいの」

なんて、ちょうど僕が通りがかったころに独り言を言っていたのを聞いたことがある(内心どぎまぎとした僕はもちろん聞こえなかったふりをして通過した。後でこっそり見てみたら、少し赤くなっていてかわいそうだった)。

しかし解せないのは、そんなカカシさんのスカスカの胸におひねりを入れたがる人間が後をたたないことだ。

若干苛立ちを覚える僕の前で、イベント会社の司会が注意事項を繰り返す。

「下にはお手を触れないでください」

だから、なぜ皆カカシさんの普通の男のアレを触りたがるんだ!(見たことないけど……)

考えすぎかもしれないが、特に男どもの行動には「こいつオカマならもしかして俺に惚れちゃってもおかしくないんじゃない?」なんて「ホモは全員色情狂」みたいな酷い偏見に類似した勘違い的下心が溢れているようにしか見えない。

……そう、普段の彼はどうだかよく知らないが、舞台上のカカシさんの目には男女問わずそんな気持ちにさせるような妖しい魅力がある。

舞台上からすべての観客の表情や様子がわかるほどのそれほど大きくない小さめのホールだ。

僕だって、彼の視線が自分に注がれる度に、妙な錯覚に捕らわれる。

彼はきっと本物だ。その気のない異性愛の男をオトしてきたと言われても、僕はそれほど驚かないだろう。

もてるんだろうな……という想像が、閨でうごめく具体的な彼のシルエットにつながる前に。

僕は彼から、視線をそらした。




【終】