思い通りになる男




俺は、何でも俺の思い通りになるテンゾウが好き。

普段は無口で何事に対しても執着の薄そうなテンゾウが、俺の前だけでは年相応に笑ったり、俺を楽しませようと一生懸命話したり、真剣な瞳で『好きです』と言うのが好き。

テンゾウは何も悪くないのに、俺が我がまま言ったり冷たく八つ当たりしても、『ごめんなさい。怒らないで、先輩』と抱きしめてくれるのが好き。

俺が他の仲間と過剰なスキンシップをするのを見て、嫉妬に駆られたテンゾウに後で強引に求められるあの優越感はたまらない。

ねぇ、そんなに俺のことが好き?

俺もテンゾウのことが、犬みたいだしかわいいから大好き。

命なんてそれこそ簡単にやり取りできるけど、人一人を、それも自分の気に入った人間の心を、意のままに動かせる快感は計り知れない。

「ねぇ。別れて。テンゾウ」

今日も気持ちが優しくなれるほど愛されて、満足しきった俺はそう切り出した。

さっきまで自信と慈愛と愛情をもって俺とつながっていたテンゾウが、俺の突然のこのひどい言葉に、どんな顔するのか本当に楽しみ。

「……本気ですか」

「うん」

「突然どうしたんですか。何か、ボクがあなたの気に入らないことをしましたか」

強いて言えば、気に入ることをしすぎるからダメなんじゃないかなぁ。俺はさ、まだ若いんだし、あんまり安心しすぎる関係っていうのも平和ボケした里の奴ら並に刺激がなくてつまらないのよ。

「もう飽きたの」

「飽きた……」

「これだけ長く付き合えば、もう十分でしょ」

「…っ、カカシ先輩っ」

「俺、しつこい男はキライ」

切羽詰った顔で手首をつかんできたテンゾウにそう止めを刺したら、突然目の前の景色が変わった。

先ほどまで優しく抱き合っていた寝台に、いつものテンゾウからは想像もできないほど強い力で押し倒される。

怒る? 泣く? それとも独占欲剥きだしで、激しく求めてくれちゃったりするの?

くっ、と笑って真剣な顔のテンゾウを見上げたら、荒々しくくちづけられた。

恍惚となって背中に手を回して、拒むどころか自分から舌を絡め合わせたら、テンゾウの動きが止まった。

「……ボクをからかってるんですか、先輩」

怒っているテンゾウの顔も、ぞくぞくする。やばい。いつもより興奮しそう……。

「からかってなんか、なーいよ?」

いつも本気だよ。少なくとも、お前に対してだけは、俺は。

そんな俺の言葉に真実味を感じられなかった顔をしたテンゾウは、やりきれない、といった背中を見せて出て行った。

そんな態度を俺にとって、今は心底怒っていても、きっとすぐに戻ってくるだろう。だってテンゾウは俺のこと死ぬほど愛しちゃっているから。気持ちだけじゃなく体だって、すぐに俺を求めて平静ではいられなくなる。わかってる。

そう軽く考えていたけど、それは俺の思い違いだったんだ…。それから一月経っても、テンゾウは俺の前に現れなかった。




* * * * *



そして今、この不本意な状況は何事だろう!

ただでさえ俺の思い通りに謝りに来ないテンゾウに苛々が募って仕方がないのに、目の前で、暗部の後輩とにこやかに話すのを見せつけられて、そちらを見ないようにしているのに視界に入ってくるのはもう!もう!もう!

断言できる。任務で一緒にならなければ、テンゾウは俺に会う気なんてもうないんだ。

謝る気もない。下手に出て、関係を修復する気もない。

それが証拠に、俺とは必要最小限しか話さない。会いたかった素振りなんて見せないし、俺の視線に動揺もしない。そして不自然な態度も取りやしない。

つまり。……どうでも、いいんだ。たった一ヶ月で、もう俺のことなんてどうでも……。

途端に胃の腑がきゅっとして、体もすうっと冷えて、俺は不機嫌さ丸出しで雑に任務をこなした。

さすがに何かを言いたげな顔になったテンゾウは、それでも無駄口は一切叩かなかった。

それは態度も同じで、ずっと白々しい他人の距離。

俺がひとりできりきりしているまま全ては終わり、事後処理も報告も済むと当たり前のようにテンゾウはそのまま俺に一礼をして踵を返した。

「テンゾウ!」

もう我慢できなかった。消えようとしたテンゾウの後頭部に暗部面を投げつけて、俺は叫んだ。

「馬鹿っ。大嫌いだ。思い通りにならないお前なんか嫌い!」

心底驚いた顔で振り返ったテンゾウにそう言うと、昂ぶった感情が止まらなくなった。

「俺に会いたいなら会いに来いよ。一ヶ月も俺のことほっとくなんて、信じられない。やっと会えたと思ったら、これ見よがしに他の男と仲良くしちゃって、ばっかじゃないの。でも、きっ、嫌いなら、もういいから。俺だってもう、テンゾウのこと嫌いだから。好きじゃないから。せいせいするから。テンゾウなんか、きら」

その先は唇を塞がれたから続けられなかった。

ぎゅうぎゅうに抱きしめられて久しぶりに嗅ぐテンゾウの匂いに泣きそうになったから、俺もそれを誤魔化すようにぎゅうぎゅうと抱き返した。

耳元でテンゾウが切なげに囁く。

「……ごめんなさい先輩。ボクが悪かったです。許してくれますか?」

いつもだったらフン!と鼻を鳴らすところだけど、一ヶ月ぶりの抱擁に気持ちまで酔ってしまっていた俺はこくこくと頷いた。

でも、テンゾウが俺の「思い通りになる」ということを学習したと思ったのは束の間のこと。

「嫉妬される気持ちっていうのがどういうことかわかりました。確かに気分のいいものですね」

ニヤリと笑ったテンゾウはその後時々「思い通りにいかない」男になった。

それでも俺たちは、まだつきあっている。




【終】

きゃー。拙宅ではかつてないほどの乙女系です。きゃー。