猟師の罠にかかった狐を助けたのは、雪の降り積もる任務帰りの寒い夜だった。
特に気に留めることもなく黙って通り過ぎるつもりが、まるで僕に助けを求めてるような力ない鳴き声と、ぐったりした銀色の小さな体を目の当たりにしてしまってつい仏心が出た。
刃に何かしびれ薬でも塗ってあったんじゃないのかなという僕の心配をよそに、銀の狐ははさまれて血の滲んだ足を庇いながらよろよろと草叢に消えた。
その小さな後姿が、怪我をしていても凛とした姿勢を崩さないカカシ先輩と重なったのは何故だろう。
そんなことがあってからごく稀に、僕の部屋の前には胡桃をはじめとした木の実が届けられるようになった。
狐の恩返し。
まるで絵本の世界だ。
なかなか尻尾をつかませなかったその現場を押さえたのは、僕ではなく、治療のために仕方なしに部屋に上げたくのいちだった。
「何奴!」
狐と女では、どちらの勘が鋭く、そして化かすのが上手いのだろうか。
僕が出て行った頃には、狐はもう女の細い手に両の足を拘束され捕獲されていた。暫し呆然としていた狐は、体をくねらせて激しく抵抗した。
そして僕と目が合うと「キー!」と鳴き、狐のくせに窮鼠猫を噛むという表現がぴったりの必死さで女の腕を噛んだ。
逃げ去る狐を追おうとするくのいちを僕は制した。
会話を盗み聞こうとしていた。
様子を伺っていた。
他国の間者か、それとも里が私達に何かの嫌疑をかけているか。
くのいちの危惧はもっともだったけど、僕は何かの予感がして、早々に彼女に帰ってもらった。
玄関先に落ちて散らばっている木の実を拾う。
その次の晩、銀の狐は女の姿で僕の部屋の戸をほとほとと叩いた。
白い肌。
銀の髪。
瓜実型の輪郭の中に配置された、男なら誰しも目が釘付けになってしまうような少しきつめの美貌。
この冬の夜に乳房の先さえ透けて見えるほどの薄物しか纏っていない華奢な体が。
震えているのは寒さのせいか、それとも別の理由か。
「上がっていきますか」
なるべくやさしく言ったつもりだったけど、一瞬僕の声に怯えた様子を見せた女がこくりと頼りなげに頷く。
手を取ると、これまたぴくりと反応して、でも素直に指を預けてくる。
先輩、と。呼びたい気持ちを我慢する。
正体がばれたら、この人は古い話の約束どおり姿を消すつもりなんだろうか。
これは慎重にことを運ばないと。
長い夜になりそうだなぁと、僕はうつむいている化け狐を見下ろして、苦笑をもらした。
【終】