普段は憎らしいほどに落ち着いている彼が、空いた方の手でくしゃりと自分の髪を押さえた。泣きそうな声で、顔で、俺を詰る。
「どの口で」
「ん?」
「どの口でそんなことが言えるんですか、先輩」
いつもいいように俺の体を弄んでいたテンゾウなのに、それをやり込めようと思って言った言葉はどうも効果がありすぎたようで、俺は大いに戸惑った。
俯いてしまったテンゾウはまさか泣いているんじゃないだろうか。涙は出ていないようだけど、少しも身動きしないその様子は俺の不安を誘った。
「あの。テンゾウ? どこか痛いの?」
我ながら間抜けな問いかけだ。現役暗部のテンゾウに向かって、子供に言うようにどこか痛いのかだなんて。
「……」
「テンゾウ?」
「次に好きだなんて言ったら、もう二度と俺はテンゾウとは寝ないから。そう言っておいて……」
「え?」
「先輩はひどい」
そう声を絞り出して、テンゾウは横を向いた。
俺を病院に引きずっていこうとしていたテンゾウが黙ってしまえば、四柱家の術で出した家の中は重苦しい沈黙に支配されて。それでも腕はつかまれたままで、俺は眉間に皺を寄せた。
「……えーっと、いつ?」
ばっと顔を上げたテンゾウは信じられない!といったような顔で俺をぎりりと睨みつけた。
「砂の国との国境近くの水場で、怪我した先輩と二回目にした時に!」
「ああー…」
覚えてない。
「でも、そんな昔のこと今更持ち出されても困るんだけど……」
今時、隊内の規律違反にだって時効があるのよ? 俺とテンゾウが初めてそういう関係になった時って、もう十年も前じゃないの。ましてや閨で交わされた言葉だ。しかも俺若い時はちょっといろいろ自慢できない具合にスレてたし。うん。
でも深刻な様子のテンゾウを見て、さすがの俺も悪いなと思った。
「あの。テンゾウ。ごめんね?」
そう思ったからこそ俺には珍しく下手に出て機嫌を取ろうとしていたというのに。
「いえ、いいんです。性悪な先輩の気まぐれな言動に振り回されるのにはもう慣れてますから。ボクだって好きにさせてもらいます」
「はぁっ!? 性悪で気まぐれって、ちょっと!」
米俵のようにテンゾウに担がれた俺が、無理やり運び込まれたのは木ノ葉病院だった。
すわ任務で大怪我でもしたのかと道を開ける忍び達の間をすり抜け、大仰に医療忍者の前に座らされた俺は、「…敵にやられました」と言って、しぶしぶハート型の傷痕を見せた。
「時間が経てば目立たなくなりますし、どうしても気になるのなら細胞の活性化を促進させる薬を出しますよ」
「本当ですね? 本当にこの傷痕、消えるんですよね?」
診察が終わるなり横から手を出して俺のアンダーを引き下げたテンゾウは、本当に傷が消えるのかどうか、しつこく若い男の医療忍者に念を押していた。
「帰るよ。テンゾウ」
診察室のすぐ外の待合室にいた人間まで俺たちを「ホモップルよ!」という目で見ているような気がして、だから何となく居心地が悪くなって俺はテンゾウの手を引いた。
会話から俺が下だってこともバレバレなんだろうな……。ケツに複数の視線を感じるとまでいうのはちと自意識過剰か?
「俺の体のことをこんなに心配してくれる人間なんて、きっとこの世にテンゾウしかいないよ」
としんみりつぶやいてテンゾウに治療費の支払いをさせることに成功した俺は、じゃそういうことで、と手をあげて自分の家に帰ろうとした。なのに調子よく歩き出したところを、テンゾウに腕をがしっとつかまれて阻まれた。
「……何?」
「ボクが薬を塗ってあげます。背中の方とか、先輩自分じゃ手が届かないでしょう」
「え。分身出して自分で塗るから」
「嘘だ。先輩がそんなおとなしくボクの言うことなんて聞くわけないじゃないですか。先輩の元の玉のような肌を取り戻すためには毎日塗らなきゃいけないのに…って、先輩!?」
脱兎のごとく逃げ出した俺を、こちらもまた条件反射のように角材をぎゅるぎゅるうねらせてテンゾウは捕まえた。
ミョーン!と久しぶりに吊るされる俺。あっさり捕まる自分が不甲斐なくてムカつく。とにかくいろいろと頭にきて俺は怒鳴った。
「ちょっと! これ、外しなさいよ!」
「自分のことに無頓着な先輩のかわりに、ボクが毎日塗ってあげます」
「降ろせ! テンゾウ!」
もともとチャクラ切れで寝てなきゃいけない状態だったのに、興奮したり、どうも過激な運動をしすぎたようだ。
誰が降ろすもんか。と言葉より雄弁に語っている顔のテンゾウをキーキー怒って見下ろしながら、俺は今度こそがくりと意識を失った。
「先輩? 死んだふりなんてやることが古典的過ぎますよ。…………先輩?」
結論。
やっぱり触手は好きにはなれない。
【終】