*グロ、肉体的苦痛、猟奇的な表現があります。
息も苦しくなるような閉塞感。
……俺は、この術を知っている。
木遁四柱牢の術。
何か得体の知れない化け物への生贄にでもされそうな格好で拘束された俺は、うごめく角材の感触に眉をひそめ、近づいてくる人影に視線を上げた。
「テンゾウ……」
声に宿った苦々しさに気づかないわけもあるまいに、闇の中から姿を現したテンゾウは、ふっと、ため息のような密やかな声で笑
った。
「やっぱり先輩は、縛られているのが似合うね」
「……」
「あれ。怒らないんですか。『俺を拘束してどういうつもりだ』。先輩だったら、低い声でそんな風に恫喝しそう……てっきり、そう思ってたのに、ね」
近づいてくるテンゾウが写輪眼の射程内に入る。だが、泰然として見えたテンゾウの反応は素早かった。
「ぐ、あああああああ!」
俺が左目を開く前に、テンゾウの印は完了していた。
ぽたりぽたりと滴り落ちる血の臭いが、薄暗い牢の中に充満する。
眼は、完全に塞がれてしまった。
写輪眼は、もう使えない。
荒い息を吐きながら痛みを堪える俺の四肢を、絡みついている角材がみしりとしめつけ始めた。緊張に強張った体を、さらに新しい枝と葉がつたってくる。
「テンゾウ、貴様……!」
ようやく出せた言葉は、すぐに悲鳴に取って代わった。
断絶される筋と、骨と。
目の前が真っ赤に染まって、何も考えられない。
何故だ。何故、テンゾウ。
ただ何故という疑問符だけが、赤い世界の中で純粋に存在していた。
圧倒的な痛みという名の支配。
脂汗が一つしかない視界を曇らせ、そして自らの息だけが耳に聞こえるこの世界に、場違いなほど穏やかなテンゾウの声がぽつりと響いた。
「ねぇ、先輩……。人って、どこまで欠損して、生きていられるんでしょうね」
絶え間なく赤い針が降り注いでいるような感覚に、体だけでなく精神まで持っていかれそうだった。
テンゾウの声が、じわりと笑いを含む。
「まだ、それぐらいじゃ死なないよね。先輩」
「く…そ…。何を……俺から、何…を、聞き出そ、うと…している……?」
この口から一体どんな言葉を聞けば、拷問めいたこの行為が止むのだろう。
空気の動いた気配がした時には、テンゾウはそう毒づいた俺の顎を持ち上げて、暗い色の瞳に笑みを滲ませていた。
同じ里の同胞にここまでの所業を成しておいて、その瞳がなお穏やかなのが、恐ろしい。
「その眼もね、目障りだったんですよ。先輩のものじゃない。その、紅い異物が」
「……!……っがぁっ!」
抉り出されたそれを見て、俺は完全に錯乱して叫んだ。
テンゾウの手の中、単独では無力なそれは、ひどく小さな、小さすぎる物体に過ぎなくて、それが俺の恐怖心を頭の先の方まで掻
き立てた。
「……ビ、ト……オビトォッ……!」
時間にしては、たった数年だったかもしれなかった。
だが、半生を共にしてきたに等しいだけの、想いがあった。
オビト!
オビト!
オビトオビトオビト!
「聞きたく、ないです」
ぐしゃり、という耳障りな音がして、その後すぐに俺の口はテンゾウの手によって塞がれた。
唯一残った右の目から、とめどなく涙が流れては零れた。
見たくないのに容赦なく広がる視界の中に、潰されて塵のように打ち捨てられた赤い眼がぽつりとあった。
テンゾウ。
恐らく、もう忍びとしては使い物にならなくなった体の、心の内で叫んだ。
今やこの名前しか、俺の中には何もない。
テンゾウ!
テンゾウ!
テンゾウテンゾウテンゾウテンゾウ……!
* * * * *
自分のものとは思えないような悲鳴が咽喉を震わせた衝撃で、俺はその悪夢から目覚めた。
瞬きをひとつした後に、穏やかな静寂が信じられなくて、ごくりと唾を飲み込む。
呆然としながら、ぴくりと指を動かした。
腕はある。足も。胴体も。全部……。
はっとして左目に手を這わせると、そこにこんもりとした球体はきちんと納まっていた。
「……夢? …か」
ほぅと、息をつき弛緩した己の肩の横に、男の腕を見て、俺は凍りついた。
急いで見上げた先に、テンゾウが両手をついて寝ている俺を覗き込んでいる姿があった。
まるで呑み込まれるような色をした、黒目の大きな瞳と目が合う。
「うっ、うわあああ! うわあああああ!」
「先輩!?」
みっともなく叫んだ俺の腕を、テンゾウがつかんだ。
恐怖で、とにかくテンゾウから離れたい俺の体を、無理矢理に引き寄せて、そして抱きしめようとする腕が絡みついてきた。
「先輩!」
「ひ……っ!」
俺は渾身の力でテンゾウを突き飛ばし、恐怖の対象から慌てて逃れ、部屋の隅でうずくまった。
がたがたと震える体を制御できない。
今にも近づいてきそうなテンゾウから目が逸らせないままに、俺は気がついた。
ここが、テンゾウの木遁忍術で生み出された、四柱家の術中だということに。
「あ、ああ……!」
気が遠くなる予感がして、俺は床に手をついた。
敵前で気絶するなんて、忍びとしてはそれこそ命を捨てる行為に等しい。
「……先輩?」
気持ちを落ち着けている間に、俺から距離を保ったままのテンゾウが恐る恐る声をかけてきた。
「先輩?」
「……」
「あの、大丈夫ですか?」
「……」
「先輩?」
「もう、大丈夫だ」
気遣わしげな視線で、でも俺を刺激しないようにその場から動かないままでいたテンゾウは、その言葉を聞くとほっと息をついた
。
俺は極力平気なふりを装って、無理矢理に唇を笑みの形にしてテンゾウと向き合った。
心臓はまだドキドキと忙しく跳ねている。
「先輩、寝ていたのに急に叫ぶから、本当にすごく驚きました」
「そう」
のんびりとした口調で返事をするが、まだ顔が強張っているのが自分でもわかった。
微笑みかけてくるテンゾウの表情もどこか固い。
何の心当たりもないのに不自然に距離を取られていては、それは笑顔も曇るだろう。
部屋の隅から動かないままの俺をしばらく見ていたテンゾウは、自分が見ていては俺の緊張が解けないと悟ったようだ。
「じゃあ、ボク寝ますね」
と俺に声をかけると、毛布を手繰り寄せて横になった。
だが随分と長い時間が経過しても、寝息は一向に聞こえてこなかった。
俺は柄にもなく恐怖から震えて機能が低下していた体をさすり、深い、深いため息をついた。
あれは夢で、現実に起こった出来事ではない。
テンゾウは俺を傷つけやしないし、ましてやあんな薄ら笑いを浮かべて、意味のわからない行動に走ったりはしない。
俺は、横にはなっているが未だ寝付いていない風のテンゾウに向かってつぶやいた。
「テンゾウ。起きてる? 起きてるでしょテンゾウ」
「……はい。何ですか先輩」
「その、驚かせてごめんね」
「いえ」
もぞもぞと動いてこちらを向いたテンゾウが、まだ壁際にいる俺ににこっと笑いかけた。
「先輩も。寝ないと明日体が持たないですよ」
「……うん」
そろそろとテンゾウの近くにある毛布を四つん這いになって取りに行って、俺はその中にくるまった。そして目を閉じて、ひとつだけ気になっていたことを聞く。
「あのね。テンゾウ」
「はい。何ですか?」
「その……。さっき、俺、何か言っていた?」
「……さっきって?」
テンゾウの声にほんの僅か警戒の色が混じっているなんて、気のせいだ。信じたくはない。
「だから、俺が悲鳴をあげる前に、何か、寝言とか……」
身じろぎしたテンゾウは、俺の願いもむなしく、否定した。
「いいえ。何も」
「……何も?」
「はい。何も」
いつから。じゃあ、いつからお前は、俺を覗き込んでいた……?
目蓋の下にある写輪眼を押さえて、俺はうめいた。夢の中で味わった痛みが、幻覚のように蘇ってきそうな気分だった。
未だ眠りにつく様子のないテンゾウの気配を感じながら、俺は目を閉じていた。眠ることなく、閉じ続けた。
【終】