狭愛




「俺の写輪眼。本当の持ち主は、お前みたいな真っ黒な瞳してたの。テンゾウっていったっけ……心配しないで。俺が守るから」

暗部の先輩に当たる派手な色彩を持つ彼は、初めて顔を合わせた時に、返り血を浴びたままのなりでそう言って微笑んだ。

写輪眼のカカシ。噂に違わない、愛里精神丸出しの台詞。

初代火影の遺伝子から押し出される木遁忍術を操るせいで、木ノ葉の忍びからどこか神聖視され続けているテンゾウは、常とは違う話しの流れにわずかに戸惑った。

そう。誰もがテンゾウ自身ではなく、初代火影の力の庇護下に無意識に納まったというのに。

逆にこの男は、誰かと重ねて、自分を庇護下に置こうとしている……。

男女問わず人目を惹く容姿だと、その切れ長で意志の強そうな瞳を見つめながら、テンゾウはいつになく荒れる感情を表に出さないように努めた。

非常に珍しいことに自分が苛ついている、と気がついたのは後のことだ。

テンゾウの黒い瞳に別の誰かを重ねたカカシ。

第一印象は、恐らく最悪だった。




* * * * *



目を奪われるのに、目を逸らしたくなったあの日から、テンゾウはカカシと組まされることが多くなった。

土と水と。

雷と風と火と。

相克し合い、それとはまた逆に補い合える要素を持った二人は、戦場での相性という点では申し分なかった。

そして組まされる任務の合間に、テンゾウはカカシの人となりを嫌というほど目の当たりにした。

傲慢で生意気な表情は、突発的状況に錯乱する仲間の前では、まるで地上に舞い降りた天使のように豹変する。

「大丈夫。落ち着いて。俺の仲間は絶対、殺させやしないから」

冷たい床の感触が、死の記憶として染み付いているテンゾウは、彼ほどに熱く仲間の肩をつかめない。

無言で己の立ち位置の全てを木の支配下に染めれば、背後からカカシが呼びかける。

「テンゾウ」

「下がっていてください。先輩」

背後からの視線を感じ、眉を顰めながら、テンゾウは纏わりつく全てを振り切り叩き潰した。

そして訪れた静寂。

慈悲の欠片もないその惨状を綺麗に無視して、カカシは同じ里の仲間であるテンゾウに歩み寄った。

「恐い顔してる。テンゾウ」

躊躇いなく伸ばされる指先。

「どこか、痛いの?」

「いえ」

触れようとするカカシから身を傾けて遠ざかると、色違いの瞳がふいに笑みの形に細められた。

「大丈夫です」

結果的にそっけなくなった態度の埋め合わせのようにそう言えば、さらにカカシの笑みは深くなった。

「そう?」

のんびりした穏やかな口調が、白々しく感じるほどの視線。

テンゾウの心の内をわしづかみにするような、その目。

それと同じ瞳が、女の上にあって自分に注がれているのを、衝撃とともにテンゾウは見た。

「テンゾウが」

聞いたことのない種類のカカシの声だった。

「……とでも、思った?」

任務後の野営地の片隅でテンゾウがその光景を見た時、カカシが女に囁いている内容はよく聞こえなかった。

岩の向こうに太陽が落ちて、急速に陰影を濃くする草の上で。カカシが、最近暗部に入隊したばかりのくノ一を組み敷いていた。

頭上に纏め上げられたしなやかなくノ一の二本の腕。それを押さえつけるカカシの反対の手が、抵抗を封じている女の下穿きの中にまで、深く淫靡に入り込んでいる。

明らかに女の足の付け根の奥に入り込んでいる指のその様子を見て、テンゾウは凍りついた。

指とはいえ、カカシと女が結合しているであろうその部分から、目が離せない。

現れたテンゾウに気づいて、カカシは薄く笑った。

いつもの、テンゾウに注がれるあの視線。

そしてわずかに赤い舌先が見える唇を女の耳元に寄せ、視線はテンゾウにあてたままで、囁いた。

「ここ、子宮に繋がってるのに、残念だったね。でも、いくらアンタがテンゾウを見つめていても無駄だよ」

動揺に気配が揺れた瞬間、カカシの体の下のくノ一もテンゾウの方を見た。

「先輩」

声に、縋るような響きがにじみ出ている。

「テンゾウ先輩!」

起き上がろうとする女を無理やりにねじ伏せて、カカシがクッと笑い声をたてた。

そしてもう用済みだ、といわんばかりの仕草で、女を辱めていた手を引き抜いた。

しかし未だ女は地面の上に押さえつけたままで、動かないテンゾウにゆっくりと向き合う。

視界いっぱいに、カカシの濡れた瞳と表情だけが広がった。

「ねぇ。テンゾウのああいう目、アンタ見たことないでしょ」

怯えきって震える女の視線が、カカシを見つめるテンゾウに移動した。

「……テンゾウ…先輩」

「せいぜい、女らしくか細い声でも出してな」

「何、してるんですか。カカシ先輩」

ようやく絞り出せた声は、ひどくかすれていた。

女といつでも性交できるような姿勢をとっているカカシから目が離せない。

男にしかできない、だがどこか男の性を持つ者がするには違和感のある方法で女を追い詰めていたカカシは、女の首を押さえたまま、ゆっくりと立ち上がった。

「そこで転がったままテンゾウを呼びな」

「……い、痛っ……。きゃあっ!」

女の暗部服の首元を巻き込みながら、クナイが鋭く地面に突き刺さった。

急所近くの服で地面に縫い付けられた女は、精神的ショックのあまり、その拘束に抗えない様子だった。

顔面蒼白になりながらピクリとも動けず横たわり、ただただテンゾウの方を見つめる。

その唇が、わなわなとテンゾウの名を呼ぼうと動こうとしていた。

それを興味なさげに一瞥し、カカシはテンゾウの方に近寄ってきた。

色違いの瞳が、テンゾウの黒い瞳をひたと見据えている。

徐々に狭まっていく距離は、意外なことにテンゾウを軸にして、また広がっていった。

振り返らずに通り過ぎていったカカシの後姿を見つめるテンゾウの耳に、女の声が遠くの方から響いた。

「……先輩。テンゾウ先輩」

声は小さく震えていた。だが、助け起こさなければいけない女の方より、カカシの方に意識が張り付いて動けない。

立ち止まったカカシが、ほんの少しだけ顔を傾けて視線だけで笑った。

「ほらやっぱり。アンタじゃ、ダメ」

言うなりつかつかと戻ってきたカカシに、突然足払いをかけられてテンゾウは突き倒された。

先ほど女に仕掛けていたそれと全く同じ体勢。

驚きに目を見張って動けないテンゾウの上で、カカシは微笑んだ。心底楽しそうに、だが瞳は笑ってはいない。

「何をしたかっていうとね。テンゾウが俺以外の人間には優しい振りして笑うから、勘違いを正してやろうかと思って」

細く見えるカカシの手が、すごい力でテンゾウの両腕を束ねて締め上げた。

「だからこう言ってやったの。『アンタ、いつもテンゾウのこと見てるよね。アンタもテンゾウが好きなの? 同じ人を好きな者同士、仲良くしようか。きっと、気が合うよ』」

いったん言葉を切ったカカシが、さらに人の悪い笑みを浮かべた。

「『……と、いうとでも思った?』って、ね」

女のすすり泣く声が、風上から聞こえてくる。

強烈な感情を叩きつけるだけ叩きつけると、カカシは軽く身を起こしてテンゾウを解放した。

離れようとするカカシの体。

テンゾウは、考えるよりも早く、その腕をつかんだ。

「カカシ先輩」

眉を顰めて見上げると、やはりカカシは、笑っていた。

「お前も、早く気がついたら。俺が男だから、その事実に惑わされて、自分の気持ちがわかってないんだよ、テンゾウは」

「……先輩」

テンゾウがつかんだカカシの腕は、少しも自己主張することなく、従順に引き寄せられてきた。

俺の仲間は絶対に殺させやしないから。

真実そう言ったのと同じ唇で、守ってきた後輩の心を殺し、テンゾウのくちづけを望むカカシ。

だがその矛盾に抗えない。

抱き合うよりも早くに一瞬触れた唇をきっかけにして、テンゾウは完全にカカシに囚われた。

憎しみにも似た激しい感情が、体に植えつけられたあの根よりも深く、テンゾウの心にじわりと滲んで広がっていった。




【終】