キライキライ




動くものならまさに何でも食べたくなる年齢の僕たちは、食欲だけでなくアッチの方も似たような環境で、同じ年代なのに全てを超越しているようなカカシ先輩は不幸にもそんな連中がする噂の渦中にいた。

抱きたいのか、抱かれたいのか。

問い詰めるまでもなく前者が多い理由は、嗜好というよりひたすら若い体を持て余しているせいで、しかもカカシ先輩が好んで男を抱きたがるとは思えない事情から、若い男達の猥談はとにかく『抱きたい』という控えめで大胆な内容に終始していた。

そんな事を知ってか知らずか、両隣の男達にちやほやされて呑んでいたカカシ先輩が、ある時、話の流れを受けてこう言った。

「ホモなんて全員殉職してしまえばいいのに」

しん、とその場が静まったのを気づかないわけでもあるまいに、先輩は一途な目をして酒を呑み続けている。

立て続けに厠に立った男達の、そこが例外なく縮み上がっていたという逸話は有名だ。

確かに、密かに想いを寄せている者にとって、その発言はショックだ。普段は仲間を大事にする人だけに、尚更。

先輩の斜め前、そ知らぬ顔で呑み続けていたはずの僕を特に先輩が注目していたわけはないと思ったんだけど、どうやら僕の邪な想いも、先輩にはばれていたようだ。

特に性に関して潔癖な人だから、想像の世界で僕に汚されるのも、きっと我慢ならなかったんだろう。

前線で孤立させられて、それがカカシ先輩の仕業だと知った時、僕は衝動的に先輩を締め上げていた。

「どういうつもりですか」

胸倉をつかまれて少し苦しそうな表情はしたものの、先輩はまるで悪びれている様子もない。

くっ、と口角を上げて人を食った笑い方をしてから、

「キス、してやるよ」

嘲りに満ちた穴埋め案で僕をなぶった。

僕はその胸倉をつかんだまま、廃墟の壁に先輩の体を叩きつけるように押しつけ、攻撃に攻撃で返すかのようなキスをした。

好きな人との初めての接触は、ただ熱く、野蛮で、さらに深く貪ってやろうと獰猛な気分になった時、ぎらぎらした瞳の先輩に思いっきり殴られた。

血の混じった唾を吐く僕を酷く冷たい目で見下ろして、カカシ先輩は眉を顰めながら唇を拭った。

「馬鹿か。お前」

常に高潔でありたいと、わかりやすい自己規律に従っているカカシ先輩が理不尽に僕を罵っているのが、妙に可笑しかった。

「……抱かせてくれるんなら、さらにどんな試練でも受けますよ。先輩」

一瞬驚いた目をした先輩は、頭を振って立ち去った。

あれから、数年。

「お前がヤマトか」

穏やかな声で僕のコードネームを呼んだカカシ先輩に、あの頃の尖った嫌悪感はない。

「テンゾウ」

「今はヤマトです」

過去に何もなかったかのように、交わされる白々しい会話。

僕も、先輩の横に立ちながら、そ知らぬ顔して、笑う。

動きのない静かな関係が、心地よかった。

いつか均衡が破られるまでは。

今はまだ後輩の顔で。




【終】