その話を聞いた時、正直「またか…」とボクは思った。
日々命の危険にさらされて生きているせいか、暗部内では妙な噂やゲンかつぎが流行る。
特Sランク任務から生還した仲間の暗部面を三度なでるといいだとか、満月の夜に咲いた夜光花の花粉を兵糧丸に混ぜるといいだとか。
だからそういう意味で、若いのに格違いの強さを誇るカカシ先輩の持ち物は頻繁に紛失の憂き目にあっていたんだけど、今回のそれは一味違った。
一部の信者がまことしやかに囁く内容はこうだ。
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カカシ先輩のきらきら陰毛をお守りにすると、どんな凄惨な任務からも生還できる。
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確かに、あのカカシ先輩から陰毛を抜いてくる技術があれば、どんな困難な任務もこなせるに違いない。
しかしそれにしても、いくらゲンかつぎだとはいえ、あまりといえばあまりな内容じゃないだろうか。
その銀の陰毛を持っていると、いざという時に背後に憑いたカカシ先輩の霊が守ってくれるという話だが、常識で考えてそんなことはあり得ない。
「テンゾウ。お願い。とってきてくれよ。お前、カカシさんに気に入られてるだろ?」
「そうだ。とりあえず三本。いや、二本でもいい。頼む!テンゾウ!」
「……勘弁してくださいよ」
先輩は暗部内では孤高の存在で、任務に一途な性格が災いしてかほとんどの連中に神聖視されている。
一緒に組まされることの多いボクは、実は先輩がのんびりして優しい性格だと知っているけど、いくらなんでも何の脈絡もなく「陰毛ください」とはさすがに言えないだろ。
「無理です。あきらめてください先輩方」
「テンゾウ。そう言うなよ。なっ。この通り。俺達を助けると思って!」
「そうだよ。お前、カカシさんと組むこと多いだろう。寝込みを襲うとか、方法はいくらでもあるじゃないか」
「そんなことしたら普通に殺されます。勘弁してください」
言いたくはないが、こんな無駄なことに心血注ぐ暇があったら、その時間に鍛錬した方がよっぽど任務生還率は上がるんじゃないだろうか。
しかしその数日後、泊まりの任務で一緒になったカカシ先輩が顔を少し赤くしながらボクにこう言った。
「テンゾウ。あの、俺の下の毛が欲しいんだって…?」
「は、はぁっ!? 一体、誰がそんなことを…!」
素っ頓狂な声を上げながらも、すぐにわかった。
誰って、あの先輩達に決まっている。そこまでして陰毛が欲しいのか!
目的のためには手段を選ばない先輩達のせいでヘンタイにされてしまったボクが、どう申し開きをしようかと迷っている内に、カカシ先輩はもじもじとして俯いた。
え?と思う間もなく、そっと何かを握らされる。
「でも、他のヤツには内緒ね。俺が恥ずかしいから」
耳まで真っ赤に染まった先輩を呆然として見つめ、次に手の中のそれを検めたボクは、あまりの衝撃に固まってしまった。
その毛は綺麗な銀色で、まさに芸術的な美しさだった。
だから、「首尾はどうだった」と鼻息荒く聞いてきた彼らに、「一本しかくれなかったので、先輩達の分はないです」とは報告しなかった。
戯言(と思うべきだろう!)を真に受けて、恥らいつつもボクにそれをくれた先輩の気持ちには逆らえない。いや、その気持ちを無碍にしたら、それこそ男じゃないだろう。
「毛だけじゃなくて、もうカカシ先輩は全部ボクのものですから。邪な目で先輩を見ないでください」
「ナニィ!テンゾウ!どういうことだ!」
「きゃー!まさか、テンゾウ!」
「言葉の意味、そのままの意味です」
とっておきの悪人顔で釘を刺したおかげで、それからカカシ先輩の持ち物は盗まれなくなったけど、今度はボクの持ち物が頻繁になくなるようになった。
曰く、先輩の心を射止めたボクは、千年にひとりのラッキー・ボーイなんだそうだ。
中でも濃い栗色の陰毛は、それはもうレアもので、いざという時、ボクだけじゃなくカカシ先輩の霊まで憑いて来ると言われている。しかし、当たり前のことだが、ボクの陰毛の一本一本にそんなご利益あるわけがない。
ボクは今日も、言い寄ってくる先輩達に向かって頼んだ。
「普通に修行してください…先輩…」
【終】
テンゾウの持ち物がなくなるのは、一部イジメも入ってそうです(笑)。