確信犯的抱擁




しまったと思った時にはもう既に目が合っていて、俺は猫面の知られざる性癖と、己の間の悪さに内心ため息をついた。

暗部の数年後輩であるテンゾウも、俺と同様に忍びとして体格的にはそんなにごつい方であるとは思っていなかったんだけど。

華奢な少年の腰を抱きとめて、くちづけを交わしている現場を見てしまった今では認識が変わった。

えろい。

いや、違った。随分と男っぽい。

報告が終わって解散したその足で、しかも野外でもう男とキスしてるなんて、やるじゃない。

そ知らぬ顔して通り過ぎるにもばっちり目が合って数秒視線をキープしあってしまっているので、なんとなく「よ」と片手を挙げて挨拶をしてその場を立ち去った。

驚いた。

ああ驚いた。

俺とて幾度かその手のお誘いは受けたことがあるから、猫面がそうだからと驚くことはないだろうが、あんなにストイックで任務しか知らなさそうな男でも、誰かを口説いたりセックスするのか。

しかも女じゃなく、男の上に乗っかって、腰を振ったりするのか。いや、それこそあんな低い男らしい声をしておいて、案外乗られているのかもしれないが。

俺の知らないテンゾウのごくプライベートな一面に若干の興味はわいたものの、それ以上の肯定的な思いも否定的な思いもましてや踏み込みたい気持ちも持ち合わせなかったので、次に顔を合わせた時に目撃者と被目撃者のほんのわずかな気まずさをやり過ごせば何の問題もなかったはずだった。

なのに。

「先輩。この間は妙な所を見られちゃいましたね」

口も脳ミソも軽い人間に見られてたら今頃悪意の噂の渦中にいるはずの立場の人間が、普通わざわざ自分から蒸し返すか。

「僕のこと、気持ち悪いですか」

「……別に」

その笑みは誰に何に挑戦している気だ。

「嘘だ。本当は男と関係するなんて、気持ち悪いと思ってるんでしょう」

まるで待ちに待ってからまれているような唐突とも感じられるしつこい物言いに、俺は眉をひそめた。

「あのさあ」

男色だろうが女色だろうが、俺は他人の性癖に興味はないし、その上気持ち悪いもいいもないのよ。

言う前に腕をつかまれ引き寄せられて、無理やり腕の中に囲われた。

「気持ち悪いですか」

「おい、お前」

「僕に触れられて、気持ち悪いですか」

「……」

別に気持ち悪くはない。

普通だ。普通。

普通に体温と心音を感じて、普通にテンゾウの匂いもして。

そうだ。本来『普通』なら振りほどいているはずの突然の失礼な行為なのに、『気持ち悪いですか』なんてやけに凄みのある声で問われると調子が狂う。

その後も「気持ち悪くないんだったら、別にいいでしょう」とか何とか不可解で理不尽な言葉をテンゾウは頻発するようになり、俺は最初の対応がよくなかったなんて後悔しつつも、特に強く拒む理由もないからその度に抱きしめられている。

俺を抱きしめる前のテンゾウは、態度だけではなく、何というか……何ともキワドイ物言いをする。

「抱かせてください。先輩」

なんて。

時にその真剣な瞳から目が逸らせなくなる。

俺は、下手に出ているようでいて強引な響きを持つ声と内容に内心でうっとりしながら、あの、初めてテンゾウに対して性的な意味で『男』を感じた時のことを、抱きしめられながら時々思い出している。

後姿しか見えなかった、テンゾウより年下らしき少年の腰。

そこにまわっていた腕。

くちづけを交わしながら俺を見ていた瞳。

「抱かせてください」

それが俺にだけに向けられた言葉であるのか、俺が独占できる類のものなのか、何か特別な意味を持つものなのか、そんなことさえわからないまま。

伏せた瞳の奥にそれぞれの想いを隠し、または探りながら。

里で。

荒野で。

戦場で。

今日も俺は、テンゾウに抱きしめられている。




【終】