俺は本当は自分のものになる男にしか興味はないの




* テンゾウ側の事情 *


「俺の初恋は先生だから。先生みたいにかわいくて、優しくて、男らしくて、強〜くないと、俺、なびかないから」

普段クールな先輩が、乙女モードの微笑み全開で言う様はもろにキた。それはもう、どこがとは思春期の男子がとても口に出せないような箇所にキまくった。

でも、誘うような視線や仕草で篭絡して、さらに壁際に追い詰めてボクに「好きです」と白状させた先輩はすごぶる人が悪い。

だって。

ボクのせつない恋心を暴いておいて、比較対象は四代目ですか!

そんなの、とてもじゃないけど、ボクじゃ敵わない。

里を護るために早逝した英雄。忍びとしてのワザは、日々鍛錬すれば、いつかは手の届くぐらいにまで……なるかな……なるだろうか……。九尾と刺し違えで封印できるほどの力……。

もともと四代目の存在は、九尾絡みの力を制御することを課せられたボクにとって特別だった。忍びとして、火影としての顔だけじゃなく、素顔も人に愛される人だったと聞くから、本当に偉大な人だったんだろうなと思う。

でも、どんなに凄い人が相手でも、先輩を想う気持ちでは負けないつもりだ。

ボクは先輩のためなら、命だって惜しくない。本気だ。

黙ってしまったボクをどう思ったのか、先輩の表情が束の間曇った。

その口から出る言葉ひとつだけで、ボクの気持ちをどうとでもできる、残酷な人。

ボクを精神的にも肉体的にも追い込んでいる彼は、何度も何かを言いかけ、その度に顔を赤らめて、そして最後に先輩らしくない、子供っぽい口調でぽつりと言った。

「そりゃあ、テンゾウもね……。悪くないよ。目が猫っぽくって、なかなかいいよ?」

「……え?」

聞き返す間もなく先輩はさっと離れて行ってしまったけど、今のは何ですか先輩!

目が猫っぽい。

被っているのが猫面ということもあって、仲間からたまにからかわれることではあるけど、もしそんなことで少しでもカカシ先輩に気に入られたというなら、この瞳に本気で感謝だ。

「先輩。ちょっと待ってください。先輩」

慌てて追いかけるボクを、カカシ先輩が振り返って見ている。少し怒ったような顔をしているけど、逃げる様子はない。

ボクは先輩を捕まえたら何を言おうか考えながら、動かない先輩に向かって走った。




* * * * *



* カカシ側の真理 *


禁欲的な顔をした俺の後輩は、恋にかけてもやっぱり禁欲的だったというより、正確に言えば奥手で……。任務中は『ボクの命に代えても貴方を護ります』なんてことを真顔で言えちゃったりするくせに、私生活ではまったく距離をつめて来ない。迫ってこない。『好きだ』とも、言わない。

でもテンゾウの俺を見る目が熱いから、自然とこちらも恋情が滲む様な視線を送ってしまう。

ふとした時にテンゾウの肩に手を置いて、その息が触れるような、気持ちのイイ距離まで近づいてしまう。

ああ。

俺は本当にテンゾウのことが、好きだ。

目の前が漆黒色に染まるような凄惨極まる任務の後でも、感情を荒らすこともなく、表情に倦怠感や憂いを含んではいても、いつもとそう変わらない穏やかなままにたたずんでいるテンゾウが、好きだ。

そのくせ、幼さの残る顔でにこっと笑うと男の癖にかわいくて、見ている俺の方がどこか落ち着かない気分になってしまう。

触れたい。触れられたい。

でも俺は、自分が追いかけるのよりも、狩られるのが好き。衝動的な瞳に射すくめられて、迫られるのが好き。

だからずっと自分からは行動を起こさず、気長に、そう、気長に、我慢してたんだけど。

俺の一言やちょっとした行動に、惑わされて、余裕のない顔をしているテンゾウは、かなりそそる。

任務後。怪我をしたテンゾウの腕に擦り寄って舌を這わせようとしたところで、はっとして後退したテンゾウを逃さず、壁際まで追い詰めた。

「なに。どうして俺から逃げるの。テンゾウ」

「それは……」

「傷、診てあげるから」

というか、舐めてあげるから。

「だ、大丈夫です」

正面から向き合っていたら犯されかねない。そんな悲壮な顔つきで、目を背けて体をひねったテンゾウは、狩る側どころかむしろ狩られるのを恐れる生娘のようだった。

目の毒……かもね。実際そんな顔してるのかもね、俺。

くすりと笑って指を伸ばしたら、「先輩。本当に」と、やんわりとした腕に拒否される。

テンゾウの行動理由は痛いほどよくわかっているから、もちろん本当に傷ついたわけではないけれど、切ない声は演技ではなくするりと口から滑り出た。

「テンゾウ……。もしかしてお前、俺のこと嫌いか、それとも信用してないの? そんなに、俺に触られたくないの」

「違います。……そんなわけないです」

少しだけ下がったら、腰の引けていたテンゾウの体がこちらに戻ってきた。

ここで二の腕なんかつかまれたら、それだけで俺、精神的にイっちゃいそうなんだけどな。

堅物のテンゾウには望むべくもないことを考えながら、俺はねちねちと、女々しい言葉でテンゾウにからんでその素直な心をいたぶった。

「じゃあ、何よ。ひょっとして、部屋に手当てしてくれるような女でも待たせてる、とか」

「それこそまさか」

想い人にあらぬ疑いをかけられた潔癖な瞳が、苦しげな感情に揺らいだ。

「嘘だ。だから、俺じゃ嫌なんだ」

「先輩……」

「テンゾウ」

俺を信じさせるには、そんな逃げ腰の言葉じゃ不合格でしょ。

睫毛を伏せて、黙り込み、相手に何か言わせる雰囲気を強制的に作る。

テンゾウだって、俺が本気でこんな幼稚なやり取りをしているだなんてきっと信じてはいない。

何を望まれているのかわかっている。露骨に誘導して、口を閉ざした俺に何を待たれているのか、テンゾウはちゃんとわかっている。

「ボクは」

かかった。

「先輩が、好きです」

観念した声で、顔で、テンゾウはようやくそう言った。

瞬間、俺を襲ったのは乙女な意味での幸福感なんかではなく、満足感で。だから『俺も好き』なんて言葉は当然のように選択肢の中に入ってなくて。

「俺の初恋は先生だから」

言いながらふふ、と口元を緩ませた。後輩の心を掌握しきった己の立場が、とんでもなく気持ちよかった。

「先生みたいにかわいくて、優しくて、男らしくて、強〜くないと、俺、なびかないから」

なんて、上機嫌に、四代目にかこつけて半分テンゾウを思い浮かべながら言った。だから、夢見るような顔になっちゃったかもしれない。

無理矢理告白させられたのに、他の男の名前を聞かされたテンゾウの衝撃は想像するに余りある、とは思うんだけど。

嘘だよ。ごめーんね。だって、俺は、自分のものになる男にしか興味はないの。『俺の男』の、テンゾウにしか、興味ないの。

テンゾウ。

テンゾウ。好き。

でも、俺の嘘に激昂……はテンゾウの性格上しないだろうけど、それでも何らかの熱い反応があると思ったのに、テンゾウは急に冷めたのか遠い目をした。

沈黙も長くて、不安になる。

もしかして、白けてしまったんだろうか、俺の態度に。

『じゃあその先生とやらと幸せになってください』

せめてそんなはっきりとした捨て台詞を吐いてくれれば、こちらも、もてあそびようがあるんだけど、「冷めた。馬鹿馬鹿しい」なんて、黙って身を引かれたら、どうしよう……。

こんなの予定外だけど、正直に言う? 『テンゾウだっていいよ』とか『テンゾウも地味だけどかわいいし、優しいし、かっこいいよ?』って?

俺は、どれかひとつでも本当のことを言おうと口を開きかけたけど、その度に照れてしまって、口を閉ざした。

無理。絶対無理!

翻弄していたのは俺のはずだったのに。じいっとこちらを見つめるテンゾウの瞳に今度はこっちがあがってしまい、俺は照れ隠しに憎まれ口を叩いた。

「そりゃあ、テンゾウもね……。悪くないよ。目が猫っぽくって、なかなかいいよ?」

「……え?」

目が猫っぽくって好き。

俺がテンゾウのことを好きな理由の本質からは、かけ離れた言葉だ。

でも、ごめん。その猫目も、実は好き。

羞恥に耐え切れなくなってその場から離れると、「待ってください先輩」と、どこか嬉しそうな声でテンゾウが走りよってきた。

飴のつもりはなかったんだけど、飴を与えすぎたのかな。

意識して表情を管理しているうちに、テンゾウがどんどん近づいてくる。

ああ。テンゾウの体を、抱きたいな。抱きしめてくれないかな。

そんなうずうずする思いを知る由もなく、真面目で時に天然ちゃんのテンゾウは俺の体に指一本触れることなく、叫んだ。

「ボク、先輩に相応しい男になりますから。いつか絶対、ボクのこと好きにさせてみせますから!」

バカ。ニブチン。

心底幸せそうにニコニコしているテンゾウを前にして、俺は腕を組み、「ふぅん?」とばかりに、顎をそらした。




【終】