致命傷




物心ついた時には既にクナイを握っていたから、俺が忍びでなかった時間というものが生まれてから何年ほどあったのか、親もこの世にいない今となっては確かめようもないことだが。

そんな時期に、時々会う祖母が俺を子ども扱いして甘い菓子をくれたということを、おぼろげに、本当におぼろげに憶えている。

祖母は忍びであった昔に負った傷のせいで声が出せなかったらしいが、おかしなことに、俺にはその祖母と言葉で会話した記憶がある。声も顔も思い出せないが、話をしたという記憶がある。優しくしてもらったという、記憶がある。

忍びになって、雑音だらけの血飛沫の中で、命が喪われる瞬間など幾度も幾度も経験したというのに。

衰弱して寝台に横たわった祖母の力ない指は、俺に言いようのない恐怖を与えた。

老衰だった。あのひどい時代の最中、天寿を全うできた祖母の死は静かで。戦地の禍々しい空気の中とは違い、その事実だけが平常の中にぽつんとあって、特別で。

死に逝くものが、せめて安らかに。

血縁を愛しむ心から伸ばされた手を、優しく握り返せばよかった。それだけなのに。

怖かった。

俺は己の指を祖母に握らせたまま、ただ固まっていた。

握り返せなかった。

臆病さとは縁がないと思っていた、この俺が。

まだ忍びではなかった幼少の頃、俺は祖母と別れるたびに、涙をこぼしたらしい。

その軟弱さが気にかかったのか、父は「また泣いてるのか。カカシ」と寂しげに笑い、俺はそんな自分を心底恥じた。だが、その話を聞いた祖母は、「優しい子だ。カカシは」と目を細めて、わざわざ俺にそう言い、俺の頭をなでた。俺はいずれ忍びになる男児がそんな評価を下されるのが嫌で、父を失望させるのが嫌で、祖母と別れるたびに歯を食いしばったが、そんな努力をあざ笑うかのように、涙はこぼれた。

それから幾年か経ち。

己の身を梁から吊るされたただの縄にかけた父の無残な死に様が、俺に忍びとしての理想に徹するという、身内の死から目を逸らすための酷い自己欺瞞を演じる結果に繋がり。愚かだった俺は相変わらず愛する者の死と向き合うことができないまま。

涙は。

一滴も流れないようになっていた。

己の愚かさを悟った後でも、俺はオビトの手も、リンの手も、敬愛する先生の手も握れないまま、彼らを黄泉路へと見送った。

大切な者を永遠に喪う痛みから未だ逃れようとしているこの俺の口からは。

「俺の仲間は殺させやしない」

という、新たな縋るべき信念が生まれて。

いつしかまた横にずっと並んでいる、そこにいるのが当たり前のような顔をした後輩と、今日も血塗れた道を這いずり回っている。

俺の作った屍の上で、俺と同じように血まみれになった、その男が言った言葉が忘れられない。

「カカシさんは、優しい」

俺は、この後輩の死に際に、その手を握り返すことができるだろうか。

後悔が楔となって幾度も抉られたこの胸は、それさえできればこれほど後をひく傷にはならないのだろうか。

乱暴にしてくれと、その望みのままに手荒く突き上げられ。

いくら誤魔化しても、とっくに手遅れなのはわかっている。

俺は、達する時に、いつもテンゾウの指をかたく握る。

恐怖は、いつまで経っても臆病な俺を解放しようとはしない。




【終】