『始まりさえしなかった僕らの』(ヤマサイ)




「『根』には気をつけろ」

思えば最初に君という存在を知った瞬間だって、任務上の不穏な空気の中だった。

監視対象。

君の実力や術は、しかるべき事態に対応すべくすべてこの目に焼き付けたし、感情や心の動きにも、注意を払った。

同時に僕に預けられた同世代のナルトの性格がわかりやすく一途だっただけに、君は。

視線を送ってくるだけで、声をかけるまでついてはこない。

すぐに僕の存在に慣れてしまったナルトと違って、距離を保ち、いつまででも偽りの笑顔をはりつけている。

「ヤマト隊長」

「サイ」

お互いに偽りの名前で呼んで。

人に慣れない少年は、ナルトもサクラも抜きで僕に食事に誘われるという状況に若干戸惑っていたくせに、カカシさんの出現に表情を固くした。

親しげに会話を交わす僕達を見つめるその視線が、何を意味しているかわかっている。

でも、最も多感だった時期に死線を共に潜り抜けた僕とカカシさんの時間と、君と過ごした短い時間とでは。

何もかもが。

比較にならないだろう?

笑わないサイの態度から何かを敏感に感じ取ったカカシさんは、普段よりもほんの少し僕に馴れ馴れしく振舞って、そのくせ早々に消えた。

あの人は本当に、上等で性悪な女のような面を持っていると。苦笑した僕は、サイの沈黙につきあってその苦笑をおさめた。

その後も、僕は物言わぬサイに一方的に笑いかけ、そ知らぬ顔で、次も、その次も。

僕の視界のぎりぎりでたたずむ君に、声はかけても、僕が暗部に再び戻ってしまえば、もう会うことはない。

いつも白い顔が、緊張にさらに色をなくして、平気で卑猥な台詞をのせていた唇が震えているのに、当然僕は気づいていた。

本で読んだ知識どおりに行動して、たまにサクラに殴られている、とは聞いていた。

なのに、君は、肝心なときには唐突ともとれる行動力で、無言のまま、僕に唇を押し付けてきた。

特別扱いを望むから、特別な行動を。

僕の答えは。


 .

「僕が子供相手に本気になるとでも思ったかい?」


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一瞬で青ざめたサイは、見事な笑顔の仮面をはり付けて。

「冗談ですよ」

と、一言残し、僕の前から去った。

そう。僕は、君の兄さんとは違って、君に殺されたりはしない。

忘れればいい。僕に感情など残さないで、綺麗に。

「ヤマト。引き続き、『根』を見張れ。不穏な動きがあったその時は――」

ギャンブルで「ここ一番」の時に勝負に出て敗れ続けたというこの人は、里を護るその時には、出鱈目な勘で「勝ち」に出ることよりもいかに損失を少なくして「負けない」ようにするかということを念頭に駒を動かしている。勝率は、ギャンブルのその時とは大きく変わるだろう。

もし、君を僕が殺すことになったなら。

あの酷い言葉がまだ君の胸に生々しく刺さっているうちに、相対したなら。

君の血を浴びた後に僕はきっと後悔の涙を流すだろうけど。

同時に。

君が僕のことを強く想ったまま逝くことへ。

きっと。歓びも感じる。酷い僕は。

はじまることさえなかった君の、深い感情がそこで時を止めてしまうことに。




【終】