上忍師として里に常駐しだして数ヶ月。
カカシはご機嫌な毎日を送っていた。
毎日毎日他人の血を浴びていた時には、考えられなかった贅沢。
白いレースのワンピースに麦藁帽子。いつものゴツゴツした実用的なものではなく、柔らかい、花の刺繍の入ったサンダル。
忍犬の手綱を握りながら、カカシは軽やかに里の道をスキップしていた。
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女の姿で。
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もともと綺麗な服が大好きだったカカシは、特に殺伐とした任務の後には反動でかなりの衝動買いをしていた。
暗部に在籍していた頃はあまり袖を通す機会がなかったのだが、上忍師として規則正しい生活を送っている今だからこそできる。
女体化して華奢になった体で、裾を翻しながら歩く。
向こうからナルト達のアカデミー時代の担任のイルカがやってきた。
そう。たまに彼とはすれ違う。カカシはにこやかに挨拶をした。
「こんにちはー」
「こんにちは。今日も元気ですね」
「ふふ。ありがとうございます」
優しい顔。
イルカは微笑ましいという瞳で見つめて去っていくが、きっと自分がはたけカカシであることは気づいていないに違いない。
意図してのことではなかったのだが、普段素顔を隠していることが、こういう時に役に立つ。
女体化して、男の時よりさらに繊細になった顔でカカシはほくそ笑んだ。
心が軽くなると、体も軽くなる。去っていくイルカに飛びつきたくなる衝動を抑えて、カカシは家路についた。
* * * * *
そして今日も、花柄のワンピースを着て里を歩く。
銀色の髪をさらう風が気持ちいい。
いつものように、慰霊碑の方から歩いてきたイルカに挨拶をする。
「こんにちはー」
「こんにちは」
イルカは少し笑って、胸のポケットから何かを取り出した。
近づいてくる体。
今は女体化しているので、男のイルカとはかなり身長差がある。
見上げていたら、ふっと視界が翳った。イルカの指がそっと髪に触れる。きゅっ、と。軽く右のこめかみのあたりが引っ張られた。
「うっ。何ですか」
「よく似合いますよ」
「えっ」
慌てて彼が触れた前髪のあたりを押さえると、そこに硬質な髪留めの存在があった。
「じゃあ。また」
カカシが戸惑っているうちに、イルカは微笑んだまま背を向けて行ってしまった。
「あ」
その後姿を呆然と見送って、そして前髪を引っ張っている髪留めを落ち着きなく何度もさわって。
でも、せっかくイルカがつけてくれたそれを抜いてしまうのは忍びなかったので、家に帰ってからカカシは鏡でそれを確認した。
「か、かわいい・・・・・・」
クロスさせてつけられた二本の赤い幅広のピンは、カカシの銀色の髪に映えてとてもかわいかった。
それにしても。
近づいてくる顔が、まるでキスをするつもりかのように思えてどきどきした・・・。
外出が終わったのでいつもの忍服に着替えて、カカシは女体変化を解いた。
貰ったピンは頭につけたままで、鼻歌を歌いながらナスを切って味噌汁の出汁をとった。
「でも意外〜。イルカ先生って女ったらしなんだ〜」
真面目そうな顔をしていて、あの先生はなかなか隅に置けない。そう思いながら、カカシは顔を赤らめた。
* * * * *
平日の受付所は、任務報告書を提出しに来たカカシ以外に人影はなく、そこに座っているのもイルカひとりだった。
「あ。カカシさんお疲れ様です」
「よろしくお願いします」
薄い紙切れをそっとイルカの前に置いて、いつもとは違う上からの目線で彼をさりげなく観察する。
平静ぶって、普通の上忍に対する対応しかしないけど。
アンタが赤いピンを貢いだ相手はオレなんだから。
カカシがそんなことを思っているとも知らず、イルカは意味もなくペンをもてあそびながら、カカシの書いた文面を目を伏せて確認している。
カカシがくすくす笑い出しそうなのを堪えていたら、ふいにイルカが視線を上げた。
「結構ですよ」
「どーも」
受理印を貰ったので、カカシはそのまま部屋を出ようとした。
今日は何を着ようか。道端でイルカに会ったら、またそ知らぬ顔して挨拶をしてやろう。そんなことを思いながら。
しかしすかさずイルカがその背中に声をかけた。
「あ、そうだ。カカシさん」
「はい?」
よからぬ事を考えていたので、カカシは満面の笑みで振り返った。
「よく似合ってましたよ」
「はい? ・・・・・・って、何が?」
「だから、よく似合ってましたよ。昨日俺があげたピン」
「!」
受付所には二人きり。こんな時に限って、誰も入ってこなかった。
まずいまずいまずい。イルカにばれていた。ヘンタイ女装上忍として、里の噂になってしまうかもしれない。
冷や汗をかいているカカシを見て微笑んで、イルカがすっと立ち上がった。
「知ってますか。カカシさん。古今東西、変化モノの末路は正体がばれたら結婚しなきゃいけないんですよ」
「な、なんでそんな意地悪言うんですか」
後ずさるカカシを微笑みながら追い詰めて、イルカがまた胸ポケットから何か取り出した。
「おとなしくしててください」
「うぅー・・・」
左二の腕をつかまれて、またもや髪にはめられたのは青いガラス細工っぽい髪留めだった。
腕は放さないままにこり、と至近距離で微笑みかけられて、恐いのか嬉しいのかよくわからない。
びくびくとイルカの顔色を窺いながら、カカシは勇気を振り絞って言った。
「だ、騙してすいません・・・イルカ先生。あの、恋人いないんですか。誰か、綺麗な人を紹介しましょうか」
正体がばれていないと思って、調子に乗りすぎた。
後悔しきりのカカシがそう提案したのに、イルカはまだ意地悪をやめなかった。
「恋人・・・カカシさんがなってくれるんですか」
「な、なりませんよ。オレ男ですからっ」
じたばたともがくが、イルカは腕を放してくれない。
極度の緊張で顔をこわばらせているカカシを見て、イルカが何とも言えない寂しそうな表情を見せた。
「・・・・・・そんなに恐がらないでくださいよ。何もしませんから」
ようやく腕を放してもらえて、髪にはめられた髪留めを押さえると、イルカがすっと色違いの髪留めをポケットから出した。
これはもう抗いがたいサガなのか。綺麗なものが大好きなカカシの目が輝く。
「どこで買ったか知りたくありませんか?」
「・・・・・・」
「別のも買ってあげますから、半刻後に慰霊碑の前で」
一瞬ぽかんとしたカカシが、逃げるように受付所を後にしてきっかり半刻後。
ちゃっかりおしゃれをして出てきたカカシを見て、イルカはくすりと笑った。
「カカシさん。別に男のままでもよかったのに」
「お、オレに男の癖に女物の服を着て喜ぶヘンタイになれっていうんですかっ。オレにだって最低限の常識っていうものはありますよっ」
「はいはい。わかりました」
照れ隠しのためか仁王立ちになって叫ぶカカシの腕をとって、イルカは歩き出した。
【終】