「ねぇ、イルカせんせー。上に乗ってもいいですか?」
そう訊かれた時には既に両手を拘束されていて、文字通り上から乗っかられている状況だった。
綺麗な素顔をさらしている上忍師は酔っているのかニコニコしている。
教え子を介して知り合ったこの上忍の、あまりに突拍子もない行動にイルカはぽかんと口を開けて呆けてしまった。
場所は深夜のイルカ宅のちゃぶ台から北北西数十センチの距離。
上忍にしては気さくなカカシに何故かえらく気に入られて、二人で呑みに行く関係になって早や数ヶ月。
部屋に上げたことも一度や二度ではないのだが、こんな展開は初めてだ。
目をとろんとさせているカカシがするりとイルカの頬を撫でた。
「俺って、幼い頃から戦場育ちじゃないですかー」
長い指がするするとアンダーの首元から侵入して顎と鎖骨のあたりを往復した。
「くノ一のおねーさんとか暗部の後輩とかー。気がつくといつも勝手に乗られていたから、たまには自分から乗ってみたくて・・・・・・。ダメ?」
小首を傾げている様は、男のクセにとても『ダメ』とは言えない可憐さだった。
言葉も出ないままに自分を覗き込んでくるカカシの瞳をただただみつめていると、すっと唇が近づいてきた。
「・・・カ」
カカシさん。
そう言おうとしたのに言葉が出ず、そして避けることなく彼の唇を受けてしまった。
少しの唾液も交わることなく、触れるだけでカカシの唇は離れていく。
その間ずっと、視線は結び合ったままだった。
しかしふいにその均衡が崩れる。はっとした仕草で、カカシが先ほどまでイルカに重ねていた唇を押さえた。
「え、と。すいません。里じゃ変ですよね。こういうの」
「・・・・・・い、いえ」
カカシの言葉を否定しているのか肯定しているのか、曖昧な言葉を返したくせにイルカはホッとしていた。
やばかった。元教え子たちの上忍師でもあり、暗部出身で年上の同性、さらに自分よりも少しだけだが背も高いカカシに危うく欲情してしまうところだった。
ため息をつき、自分の上からカカシが降りるのを待っていると、彼は退くどころかとんでもないことを言い出した。
「あ、でもイルカ先生勃ってる」
「・・・・・・!」
「俺で反応してくれたんですよね。嬉しいです」
言っていることは直接的で色気もそっけもないのに、少し恥じらいを見せるカカシには妙な色気があってイルカは息を呑む。
だが、まだ臨戦状態ほどではないのだから、この程度の生理現象は見逃して欲しかった・・・・・・。
その願いも虚しく、カカシは目をキラキラさせてさらにイルカを追い詰めた。
「なめてもいいですか?」
「え!?」
「だって、これ俺のせいで勃っちゃったんだから、俺のものでしょ? ねぇ、ちょっと見せて」
「だっ、だだだダメですっ」
不利な体勢で泣きそうになりながら身をよじるが、酔狂な上忍師はあきらめる気配がない。
ベストと下を剥ぎ取られた時、イルカは己の抵抗が全く無駄なことを思い知らされた。酔っていても上忍。とてもじゃないが、ひっくり返して逃れられそうな気がしない。
力では敵わないので、何とか情緒面でカカシに訴えようとイルカは考えた。
実際のところ、体は正直にもカカシに反応しているし、彼のあからさまな誘いに頭からおかしくなりそうだった。心臓もドキドキしている。男だとわかっているのに、彼が異様に綺麗に見えて仕方がない。
だが。
「こ、こういうことは、愛がないと嫌です」
やっと絞り出した声は震えていて、自分でもその初心さ丸出しなセリフにイルカは盛大に落ち込んだ。
いい歳して何が愛だ。
受付所でくノ一から色任務の報告書を平気な顔して受け取っているくせに、中忍の男が愛を盾に性交を拒むとはちゃんちゃらおかしい。
しかし、カカシは笑わなかった。
「・・・んー、と。愛、ですか・・・・・・」
しばらく真剣に考えていたカカシは、自分の体の下で固唾を呑んで見守っているイルカの顔を見て眠そうだった目を少し見張った。
そして、ぱぁ、とすごく嬉しそうに笑った。
「わかりました。愛してます。イルカ先生」
「ええ!?」
「俺、イルカ先生のことが大好きです!」
その無邪気な笑みに不覚にも見惚れて、イルカはついに観念した。
甘えるように求めるように上からくちづけられるのを、ただ待つだけでなく髪を撫でこちらからも積極的に舌を絡めていく。
「好き好き。イルカ先生。好きー」
「俺もです。カカシさん」
明日覚えていないとか言われませんように。小心者のイルカは、切実にそう願った。
【終】