絶滅保護種




もう十年も前の記憶だから、その時の先生の表情はよく思い出せないのだけど。

「ん! 寡黙な方が、忍びとしてはカッコいいよね!」

率直過ぎる物言いが災いしてオビトと喧嘩ばかりしていた俺に、先生は言った。

突如勃発する、はたけカカシvsうちはオビト「カッコいい忍び」対決。

おしゃべりなオビトは「カッコいい忍び」にはなれないだろうと内心侮っていたら、先生はオビトにではなく俺に言った。

「カカシは強いけど、可愛いから先生心配〜」

先生の方がよっぽどカワイイです! と反論したかったけど、カッコいい忍びの俺は黙っていた。カワイイのに四代目火影を務めている(実は)凄腕の先生いわく、心の動きをさとられるのは未熟な証拠で、黙っている方が賢そうに見えるとか何とか。




* * * * *



「俺、天ぷら嫌いです。味噌汁も茄子が入ってないとイヤ」

ということは、思っていることを素直に言う大人の俺はバカに見えるのだろうか。

『俺にだけは他の人に言えないことも何でも素直に言ってください』と口説いてきた中忍を前にして、俺は据え膳の夕餉にケチをつけた。

だって、俺のためだけに作られた料理の中に、俺の嫌いなものが入っているのは許せない。

我が侭な俺に折角の真心を踏みにじられたイルカ先生は、正面で箸を持ったままあんぐりと口を開けていた。

何だか融通の利かなさそうなこの人のこと。「好き嫌いは許しません!」とか言って鬼のように追いかけてきたらイヤだなと思ったものの、食べられないものは仕方がない。

怒られるかな。口に無理やり天ぷらつっこまれるのはヤだな……。

まだ固まったままのイルカ先生をちらり、そしてちゃぶ台の上の天ぷらをちらりと見て、「うえぇ」と涙が出そうになってしまったのは我ながら格好悪かった。

「だ、大丈夫ですか。カカシさん」

とりあえずまだ襲いかかってくる様子のないイルカ先生が、心配げにこちらを見る。

こくんと頷きながらも、内心いつ逃げ出そうかとイルカ先生からの距離を測っていると、彼はかたんと箸を置いた。

「……でも。何だか、カカシさんがそんなこと言うなんて意外です。良くも悪くも、自分の感情を押し殺すタイプに見えたので」

うん。でも、だから嫌いなものも好きになるかといえば、さすがの俺でもそれはちょっとそうではないのだけれど。

「先生が…いえ、四代目が忍びは寡黙な方がカッコいいとか言ってたので」

「はぁ」

「だから外ではそうしてきたんですが、イルカ先生には素直に何でも言っていいんですよね?」

「え? ええ」

俺はイルカ先生の意識を天ぷらから逸らすべく、奥の手を使った。

「俺、ご飯よりえっちしたい」

「……はっ!?」

「先生。欲しい」

まんざらこれは嘘でもなかったので、イルカ先生の隣に擦り寄っていって甘えてみたら、動揺のあまりか彼はやや逃げ腰になった。

「俺がヤなの? イルカ先生」

そんな筈はないことは百も承知の上で、それでも言葉にすると胸にちくりと棘が刺さった。まったく。自分で言っておいて傷つくなんて、どうかしている。

俺に乗っかられて唖然としていたイルカ先生は、何故だかさっと赤面すると、心を落ち着けるようにため息をひとつついた。

「四代目に感謝します。やはりあの方は偉大な方です」

やおら火影岩の方に向いて合掌したイルカ先生の心の動きはよくわからなかったのだけど。

いつもよりしつこく可愛がってもらって、俺は満足した。

先生。恋人の前では、カッコいい忍びの俺は形無しです。でもイルカ先生いわく、言いつけを守ってきてよかったらしいです。

今とても、幸せです。




【終】